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2006/02/14

ここふじ商会


唐突に思い立って、長崎らんたんフェスティバルというのに行ってみた。
街中に並んでいる巨大な光る張りぼても面白かったんだけど、それよりも、華僑の人達が信仰しているお寺にお供えされた額にツノがある動物の首に仰天!
よ~く見たら、ブタのおでこにシッポが突き刺してあるんだね。
これってどういう意味があるんだろう?知りたい。
ツノがあると龍の顔みたいに見えなくもないんだけど・・・


さて、本題。

先日ここの記事に書いた着物屋さん。
人形を置いてくれるということになったんだけど、それはそれとして、じつはここ数年、人形衣装に使った余り布で、和風小物なんかを作っている私。
せっかくなので、そういう小物も扱ってもらえないかと交渉してみた。

余り布と言ってもチビな端切れではなくて、たとえば古着屋でキモノ一枚買ったとしても片袖だけあれば人形衣装には充分なので、余るほうがはるかに多いワケだ。
だから、小物と言うよりは、結構な大物が作れてしまう材料が私の汚部屋にはあふれている。
もちろん良い材料がいくらあっても、技術がなければ何も作れないんだけど、足りない技術を創作欲と商魂でカバーしてしまうのが私。
仕事に使っているミシンが工業用モーターを搭載したもったいないほどの高性能だから、かなりの厚モノもガンガン縫えちゃって、面白半分にわりと本格的な布製ハンドバッグなんかも作ってみている。

自分で作れることがわかると面白くなっちゃって、常々遊びで着る小紋や紬に合うバッグがない!と不満だったし、若い女の子がジーパンに和柄小物を合わせたりするファッションに刺激されて、ますます創作意欲が湧き出して止まらなくなってしまった。

「正装には合わないけど気楽な街着キモノに似合いそうなバッグならいろいろ作れまっせ~」
「洋装にも合いまっせ~」
「このバッグを持ちたいからキモノを着たい!って思う若者が増えるかもしれませんぜ~」
・・・等々と、言葉巧みに持ちかけてみたら、店の販売担当者ではなく、オーナーである社長に会ってみないか?と言われてしまった。

そんな思わぬ展開で、和装販売業を手広く営む社長の前でプレゼンすることに。

今週中に会うことになっているので、過去に作った物の写真などを取りそろえて、それらしいプレゼン用資料を作ったりしている。

ホントはお雛モノ製作もまだ残っているというのに、話がデカくなるほどに、本業そっちのけで俄然はりきってしまうんだな~。
よく考えたら、この話が本格化してしまえばパンク状態になることは目に見えているんだけどね。

捕らぬタヌキのナントカで、製作助手を雇おうかとマジで考え始めてる今日この頃・・・。


今のモノ作りを始めてから、「アンタは余計なことを考えず製作に専念せよ」と言われることが多くなった。
作り手が採算を考え始めると、作品の純粋さや芸術性が落ちるってことなんだが。

しかしね、今更ながら思うんだが、私って「商売」が好き。
こんな私が作るモノに、もともと芸術性などあるはずがない。
私が本当にやりたいことは、芸術の崇高さとは対極にあるのかもしれないんだよな~。

じつは中学生のころから「バザーの帝王」の異名をとっていた。
物販禁止だった中学の文化祭でも、階段の踊り場でこっそり出店を開いて小銭を稼いだ。
このときは、フェルトや布端切れで作ったマスコットを販売。
ひとつを製作するのに丸一日かかっているのに、それを100円くらいで売ってしまうのだから、もちろん儲けなどないワケだが、何もないところから何かを生み出し、それが現金になるという様子が楽しくてたまらなかった。

学祭での物販が認められていた高校時代は、所属していた美術部の万年部費不足を解消すべく、持てる技能を総動員してバサー出展。
地元の木材屋に直接交渉してタダ同然でゆずってもらった端材を、当時流行っていたルームプレートに加工し、それが飛ぶように売れて、一日で60万円売り上げたことも。
学校側は「バサー収益は10万円を越えてはならぬ」というお触れを出していたので(高校生に現金を持たせるとロクなことにならないという先入観からか?)、「売り上げ11万円でした」って虚偽の報告をして1万円だけ学校に寄付。
学祭終了後に町でいちばん高級な食堂から豪華な出前をとってドンチャン騒ぎの打ち上げをしてもまだ、在学中の3年間、部員全員の画材購入費や、高文連で遠征する時の宿泊代なんかに充分なだけのお金があった。
つまり、貧乏美術部が一夜にして学校一リッチな部になってしまったんである。
大金を手に入れたからと言って、いきなり繁華街へ繰り出したり舞い上がっちゃったりしないところがミソ。ちゃんと秘密の場所にプールして、ちびちびと部活動費に使っていた真面目高校生だったワケだ。

とは言っても、そんな熱い青春時代を経て現在に至っても、別に大金持ちになったりはしていないし、それどころかyahooアバターに有料の振袖を着せたのがもったいなくて二月になっても未だに着せ替えできないくらいの貧乏性。

この余りある商魂が、大成功や大儲けをもたらしたりはしてないどころか、貧乏性は年をおう毎に深みを増す。

「商売好き」が必ずしも「商売上手」とは限らないし、「商売上手」が必ずしも「大儲け」とは限らない。
そこんところが、世の中のやるせないところだな~。

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