時々着物を着ています。Yahooから引っ越してきました
いやはや・・・
ダンナが仕事を休んで出かけて行き、コンビニのパンツ買って延泊までして話し合いしたあの時間は、いったい?
・・・それよか、結婚生活の終焉を覚悟した先日の愁嘆場だったんだが、あの時間はいったい、いったい・・・何だったんだーーーーっ!?
ゴミ屋敷叔父のヤツ。
ずっと温存していた銀行の定期預金を、先週金曜日にとうとう解約し、今回の危機を切り抜けてしまった。
今まで何回も「定期預金があるなら、それを解約すればいいでしょ?」と言ってきたんだが、「いざという時のお金だから」と、拒否していたのだ。
「今こそが、いざという時じゃないの?」
「そんなことないよ、ダンナ君がお金送ってくれれば済むことなんだから。定期預金がなくなったら不安で死んでしまうよ~」
・・・・という会話を過去に何度も繰り返してきたワケだ。
何百万円だかの定期を担保に銀行系のクレジットカードを作り、キャッシングを繰り返し、限度額まで借り入れして身動きできない状態なのに、他のクレジット会社に比べると比較的利子が安いため、叔父はまったく意に介していない様子。
延滞利息だけを細々と払い続けていた。
が、今回、いよいよ家を失う危機が現実化して、とうとう観念して定期預金を解約することにしたが、私たちは、解約したとしても借入金を精算したら大した額にはならないと思っていた。
・・・んが、実際に解約してみたら、クレジット会社から来た一括返済の請求に応えられるだけの金額にはなってしまったらしい。
おめぇー持ってんじゃんかよ~、そんな大金を。
まあ、そんなワケで、家の売却は先送りになった。
それよか。
この定期預金解約の際、ダンナに電話してきて「銀行へ行きたいが、電車賃がない」としつこくしつこく泣きついた。
まあ、どれだけねちっこいしつこさだったか、ご想像はつくだろうが。
とにかく、あまりにしつこく食い下がられて、自らの精神力の限界を感じたダンナ。
疲れ果てて、とうとう電車賃を送金してしまったんである。
最初に契約した支店でないと解約できないと思い込んでいた叔父は(今となっては本当に「思い込んでいた」のかどうかアヤシイ)、旧居住地の支店までバスと電車を乗り継いでの往復運賃が3000円くらいだと言った。
で、予備も含めて5000円を振り込んでやったらしい。
叔父が実際にいくらの借金を抱えていて、いくらの預貯金を所有しているのか、依然として不明なのだが、いずれにせよ隠し持っているお金が相当あるらしいことはわかってきたので、とにかくそれを全部絞り出して、使い無くさない限りは、本当の危機感は持たないだろう。
だから、銀行の定期を解約する決意をしてくれたことは大いに歓迎。
ダンナも、ようやくそのつもりになってくれたか!という意味を込めて、「今回だけだよ」と念を押しつつ送金した。
しかし結果は・・・。
定期解約によって、クレジット会社への返済は滞らず、カード喪失をまぬがれたことで、家を売る決意は白紙に返り、おまけに、ガンバって食い下がればダンナはやっぱり金を送ってくれるということを覚えてしまった。
最悪だ。
「いや~、わざわざ○○支店まで行かなくても、近所の支店で解約できたよ」
とホクホクしながら報告する叔父に、ダンナ、
「じゃあ、電車賃はいらなかったんでしょ?送ったお金、返してよ」
と言ってみた。
「あんな些少な金額なのに、ヒドイなあ。何もそんな言い方しなくてもいいじゃないかっ!」
・・・逆ギレ。
オメェ、チ○&%$=:ピー・・しやがれ。
○$%す。絶対に○’&%してやる~。
今朝ほど、思いっきりドロドロの記事を投稿したんだが、「登録できない文字列」であえなくエラー。
おかげでやや冷静になることができたダス。
ありがとう、ヤフ倫・・・・(-_-;。
記事中のどの言葉が「登録できない文字列」なのか?
ためしに、これか?と思われるものを書いてみる。
ウンチ喰って死ね。
・・・・!?
あ・・・・掲載できちゃった。
では、安心して(!)続きを。
昨夜、ボロボロになってダンナが帰宅。
予想外の延泊だったので、コンビニで買ったパンツとソックスを履いていた。
一昨日、私が電話した時に繰り広げられていた修羅場は、叔父を含めず、ダンナと妹2人によるものだったらしい。
妹2人は、叔父には現住所を知られたくない(比較的近い場所に住んでいるので、押し掛けられる可能性がある)とのことで、何か住所記入の必要がある書類は、叔父の居ないところで書きたいと言うこと。
で、昨日は叔父抜きで司法書士の事務所に集合した。
そこで、過去から現在に至るゴミ屋敷叔父の数々の奇行や逸話を事務所スタッフに披露し、驚愕と爆笑の渦だったとのこと。
さて、その渦のなかで討議され、最終的に導き出された結論。
結局、ダンナ+妹2人は相続放棄はしない。
きっちりと法定に基づいた分割に従って、それぞれ遺産相続分与を受ける。
ゴミ屋敷の土地家屋は、祖母と叔父の共同名義になっているため、もともと半分は叔父がすでに所有していたワケだ。だから、今回の相続は、祖母名義になっているもう半分を、叔父+ダンナ+妹1+妹2の4人で分割することになる。
分与の割合は、息子である叔父が50%、ダンナ+妹1+妹2は残りの50%の3分の1。
つまり全体から見れば、75%を叔父が相続し、ダンナたちそれぞれの取り分は約8.333・・・%ということ。
ま、舞い上がってウハウハするほどの額ではないにゃ。
にもかかわらず、妹2人が相続放棄を拒否したのには2つの理由がある。
1.叔父に全財産を渡したら、あの叔父のことだから、それをすべて浪費してスッカラカンになってしまう可能性が高い。せっかくあるものをゼロにしてしまわないためのリスク回避。
2.あの叔父のことだから、いずれにせよスッカラカンになるだろう。また、いずれはヨボヨボになり、介護が必要になるだろう。その時には、やはり人道的見地から見殺しにはできず、身内の誰かが手を差し伸べることになるだろう。その時のためのプール金(経済的余力)として遺産をもらっておく。
・・・・ということなんである。
が、とにかく「今後一切、金銭的援助はしない」という念書は取り交わしておく。
だって、「いずれ助けるつもりはある」ということが知れたら、今からつけ込まれるもんね。
一見すると非常に筋の通った論理だし、妹たちが最終的には「見殺しにはできない」と覚悟を決めているらしいことを知って、ダンナもほろりとしたらしく、納得し賛同することとなった。
でも、最初にダンナが主張した「叔父が祖母の介護をたった1人で看たことの慰労として相続放棄しても良いのでは?もし叔父がいなかったら、祖母の介護はダンナ家の誰かの負担になっていたはず」という意見は、妹たちに一蹴された。
「あったかもしれないが、現実にはなかった」という話は、妹たちには通用しないらしい。
しかしだよ。
「あったかもしれないが、現実にはなかった」事柄に対してこんなにドライな人たちが、「もしかするといずれあるかもしれない」事柄に、それほど周到に準備するものだろうか?
しかも、「もしかするとあるかもしれないが、あったとしても出来れば知らないフリをしたい」と思っている事柄なんである。
(ましてや、今でさえ、叔父に住所を知られないように細心の注意を払っているんである)
災害被害を体験した人たちが行う災害時の対策と、未体験の人たちのソレとは、切迫感や緊張感などに大きなギャップがある。
実際の被害体験のない人たちは「非常持ちだし袋」の中の乾パンを、味見がてら食べちゃって、そのまま補充を忘れていたりするものだよね。
で、いざと言うときには、「非常持ちだし袋」があったことさえ忘れて、枕かかえて逃げちゃったりするのさサ・・・・・(-_-)
まあ、いい。
・・・あっ、いやいや。
決して「いい」ワケではなかった。
いや、この結論に異議はない。
が、私の中には、なんだかモヤモヤしたものが残るんである。
今となっては単なるグチに過ぎないんだけどサ。
やっぱり・・・コレまでさんざん見て見ぬふりを通してきた妹たちが、遺産相続の今になってノコノコ出てきて、もっともらしく善人ぶったことをぬかしおって・・・と思ってしまう私って、ヒドイ人?
「ダンナの身内(叔父は除く)の悪口だけは言うまい」と決心して今までやってきたんであったが、この度だけは言わせてもらう。
言わないと、私のモヤモヤは一生消えない。
こんなモヤモヤを抱いたまま、この先ダンナ家の人々とつきあっていくのは辛い。
そう思ったので、言った。
が、何をどう言っても、「じゃあ、アナタももっとお金もらいたい?」って話になってしまう。
そうじゃないんだーっ!
金が欲しいわけではなーい!
そんなことじゃなくて、そんなことじゃなくて・・・・・
ああ~~、何をどうしてほしいのか、何がどうであればイイのか、自分でもわかんない。
言っているうちに、こんなことにグチャグチャといちゃもん付けてる自分が、情けなくて腹立たしくて、やりきれない気持ちになった。
むずがる子供のように、ワケもわからいまま大泣きしてしまった。
ゴミ屋敷叔父との今までのやりとりが、私にとってそんなに泣くほど辛いものだっただろうか?
・・・じつを言えば、それほどのことはない。
もちろん、愛情など感じてないし、死んでくれることが一番の望みだよ。
ただ・・誰にとっても「死んでほしい人」なんだなあと思うと、なんだかやるせない、寂寥としたものを感じるんだけどね。
いつでも明るく楽しく仲の良い家族であるダンナ家。
私も、行けば温かく迎えられるし、いつも笑顔で、楽しく過ごさせてもらう。
でも、その中にいて、時々ふっとゴミ屋敷のことを思い出してしまうことがあった。
こんな温かく幸福な家族をヨソに、ゴミ屋敷は今日もゴミで埋もれ、その中でおばあちゃまと叔父さまが細い肩を寄せ合ってお粥を食べている・・・。
ダンナ家の幸福が虚飾だとは言わないが、あの「闇」が存在することは厳然たる事実。
そのことをこの人たちはどう思っているのだろう?と、いつも疑問だった。
ダンナ家の中で、ゴミ屋敷の話題を出すことはタブーという暗黙のルールがあって、なかなか語り合う機会はなかったんだが、我が家へのゴミ屋敷からの電話は結婚当初から来ていたし、私はずっとそれに付き合い続けていた。
そして、延々と何時間もダンナ家への憎悪を吐かれ続けていたんである。
そのことに混乱しつつも、私は私なりにいろいろなことを察して、「これはダンナ家とは全く別物、しかしこの矛盾もまたダンナ家であるのだ」と考えて対応してきた。
「この人たちの人生を憎しみだけで終わらせたくない、せめて日常のささやかな楽しみを与えてあげたい」とも思ったし、せめて「ダンナ君の嫁はいい人だ」と思ってもらえれば、ダンナ家への悪感情が少しは緩和されるんじゃないかと、淡い期待を抱いたりもした。
正義感から「ダンナ家とゴミ屋敷の唯一の架け橋として貢献したい」という気持ちもあったんだけど、その一方では、私もダンナ家の一員として、いっしょくたにこの憎悪の中に巻き込まれるのかと思うと、恐ろしくもあった。
自分だけは安全圏にいたいという気持ちが、正直言えば、あったんである。
しかしまあ、こんな目論みもことごとく微塵に砕かれ、私の努力は何一つ実らなかった。
それどころか、最後には、叔父を徹底的にやっつけてしまって、「キミはサディストか!年寄りをいじめて楽しいかっ!」とまで言わせてしまったワケだがね・・・(-_-;
「悪いのは叔父、私は何も悪くない。コレは仕方なかったんだ」といくら思おうとしても、敗北感や無力感は拭えない。
そこへきて、「今後一切かかわらなくても良い、他人なんだから」とあっさり言われ、なんだかガックリとヒザの力が抜けたんである。
ホント、この感じ。どう説明すれば良いんだろう。
何もわからない。
ただ・・・泣かせてくれ。
私自身のために。
・・って感じ?
ダンナ。
私の訴えに、ただただオロオロして、私がこんなふうに考えていることを妹たちに話したほうが良いのではないかと言う。
バッキャローッ!そんなこと言ってしまったら、もう二度と彼女たちとの関係修復は出来ないじゃんか。
妹たちに疑念と悪感情を一瞬でも感じた・・・グチを吐く相手がいなかったので、ダンナにぶちまけてしまったけど、本来こんなことは、私の胸の中にだけ留めておくべきことだったんだ。
こんなことも、あんなことも、ぜんぶ胸の奥底にしまい込んで、この先も何事もなかったように付き合う。
それが、オトナの世の中というものだ。
それよか、ダンナのやつ、私の様子を冷静に観察して、「これは更年期の症状にある不定愁訴ってやつじゃないの?」とかぬかしやがった。
てめぇ~。ウ×○:ピー(自己規制)喰って、チ×△○:ピー(自己規制再び)しやがれっ!
それと、もしかしてPTSD(外傷後ストレス障害)ではないのか?とも言っていた。
・・・・・・・うーむ。
ところで、当のゴミ屋敷叔父であるが、コイツはまた決断がにぶったらしく、昨夜も「やっぱりダンナ君が30万円貸してくれれば、すべて丸く収まるんだ」とか電話してきやがった。
オメーも、ウ%&=:ピー(自己規制)喰いたいか、えーっ?
~=○&%×△突っ込んで、○△×&’しちゃるゾ、×△&%:ピーッ○%&:ピーーーーッピーーーーッ・・・・・・・・
これ以上、放送できません。
昨日、ある舞台公演のチケット先行予約の日だった。
さっそく予約を・・・と思ったんだが、そこで、ハタと「もしかしてダンナも観たいって言うかな?」と思い、携帯に電話してみた。
ゴミ屋敷モンダイの話し合い真っ最中であることは予測できたんだが、チケット予約の方も時間との戦いだったので、致し方なかった。
今の私にとっては、ゴミ屋敷より舞台のほうが優先事項。
で、電話。
「ちょうど今、妹2人も加わって、市役所でいろいろ説明を聞いているところ」
・・・とのことだったんだが、電話の向こうがものすごい賑やか。
どうやら、叔父をはさんで、妹たちの大激論が展開されている模様。
妹2人は、ともにアメリカ仕込みの自己主張の強さとディベート技術を保持し、声が高く早口で、内容はともかくとして、言葉数の多さで相手を撃沈するというワザを持っている。
現場では、今まさに、彼女らのその能力が存分に発揮されている様子なんであった。
その横で、コソコソと背中を丸めて電話に出ているらしいダンナの、冷や汗まみれな気配も伝わってくる。
舞台は見に行くと言うので、チケットは二枚予約することに。
すまんね、ダンナ。
壮絶な現場に、こんな呑気な電話しちゃう私を許してくれ。
で、その後。
「飛行機の時間に間に合わず、今日は帰れなくなりました」と連絡あり。
帰って来た頃には、ますます痩せているかも知れん。
まあ、髪の毛は確実に減ってるはず。
本日(6月6日)、三者面談。
ダンナは有給を取って、早朝の飛行機でゴミ屋敷のある市へ。
私、結果が聞きたくてウズウズしていたんだが、妹からは「もう一切関わらなくてもよい」と言われているので、わざわざ電話かけて根ほり葉ほり聞くのもなぁ・・・と、躊躇していた。
ダンナは実家に泊まることになっていて、今夜は妹たちも集まっているはずだし・・・。
と、考えていたら、ダンナのほうから電話をくれた。
ちょっと私の意見も確認しておきたいという案件があったのだが、とりあえず今日一日の動きを細かく聞いたので、備忘をかねて書いておく。
ゴミ屋敷まで叔父を迎えに行っても良かったんだが、自力で行くというので、市役所で待ち合わせ。
ダンナも叔父に会うのは久しぶりなので、どんな様子で来るかとヒヤヒヤしていたけど、意外とこざっぱりとした服装で、元気そうだったとのこと。
実際に会えば、普段の電話のように金をせびったり、恨み言を言ったりということもなく、わりと常識的な態度で、落ち着いていたらしい。
市役所の担当者(ケースワーカーらしい)と話す。
そこで、現在の暮らしぶりや借金について聞かれると、叔父、サイフの中に入れていたクレジットカードをバラバラと出して見せた。
全部で7枚くらいはあったらしい。
(つまり、処分したというのはやっぱりウソだった。それとも以前はもっと持っていたのか?)
そして、各クレジット会社への借金が総額で300万円近くあることを告白。
(いったい、ウチから送ったお金は結局何に使っていたのか?ワカラン???)
先日、ウチに電話がかかってきた時には「5万円貸してくれ」と言っていたが、じつは今月の支払総額は18万円だったそうだ。
福祉協議会がやっているリバースモゲージについて、市の担当者も詳しく調べておいてくれたのだが、これによって貸し付けられるお金は「生活費の補助」という名目になっていて、それを借金返済に充てるというのは、厳密にいうと規則違反行為となるらしい。
現在抱えている借金額などから考えると、やはり土地家屋を売却して、一気に返済してしまったほうが得策であろうと言われ、叔父本人も、リバースモゲージよりは売却のほうを選択したいという意志を示した。
次に、3人で司法書士のところへ。
家を売却するとなれば、まず、亡くなった祖母と叔父の共同名義になっている家を、叔父1人の名義に書き換えるための手続きが必要なんだが、そのためには、祖母の財産の相続人であるダンナとその妹2人が「相続放棄」をしなければならない。
「相続放棄」の書類と「家の権利書」などが揃って、名義変更の手続きができ、それからようやく売却の手続きに入れるわけだ。
売却に向けて、とりあえず家の価格がいくらになるのか知るために、司法書士が懇意にしている不動産屋さんを紹介してもらった。
地元出身で二代目だという不動産屋さんとも、たまたま連絡がつき、すぐ会うことができた。
で、早速ゴミ屋敷を見てもらう。
家の外観をざっと見ただけだったが、「築二十年の家はちょっと値が付きづらいかもしれないので、さら地にして売ることになるだろう。場所が良いので、土地だけでも○ン千万円くらいになる」とのお墨付き。
予想外に高値で売れそうなので、ちょっとビックリ。
その価格で売れれば、借金を全額返済して、さらに、中古マンションを買うか、もしくは、ケアの行き届いた老人ホームに入ることもできるだろう。
ダンナ、ひと安心。
叔父も、その金額を聞いた瞬間に、売る決意があっさり固まったようだ。
しかーし、ここからが問題。
まず、ゴミ屋敷の中から、家の権利書を発掘しなければならない。
当然そんなモノどこに保管してあるかなんて、叔父には全く忘却の彼方なんである。
ダンナが「一緒に探す」と言ったけど、やっぱり家には誰も入ってほしくないとのことで、断られた。
それに、久しぶりに見たゴミ屋敷。
見栄っぱりな叔父なので、家の外は比較的小ギレイで、鉢植えなど並べたりして、一見するとゴミ屋敷には見えないんだが、玄関ドアを開けると、そこはもう別世界。
一歩も中へ進めない。
数年前に見た時よりも、数段パワーアップしていたらしい。
新聞、買い物袋、段ポール、その他、言葉では説明できない多様なモノであふれていて、その隙間からもぐり込むようにして家の中に入るという状態。
その穴は、叔父の小柄な身体にピッタリサイズの専用通路なので、ダンナは通れなかったらしい。
したがって、「権利書」発掘作業は叔父が1人で行うワケなのだ。
・・・・はたして、無事に発掘されるのか?
もし、権利書が見つからなければ、当然家の売却は出来ない。
となれば、借金返済もできず、いずれ時がくれば差し押さえられることとなる。
さらに、もうひとつ別の問題が勃発。
なんと、なんと、なーんとっ!
あろうことか、ダンナ妹たちが「相続放棄はしたくない」と言いだしたんである。
「今までさんざんイヤな思いをさせられてきたのに、あんな人の安泰な余生や、身勝手で作った借金返済のために、私たちが相続すべきものまで譲ってやるなんて、許せないブーっ!」
・・というのが、妹たちの主張。
「それに、お兄ちゃんが今まで貸したお金と、ここふじさんが受けた精神的苦痛の代償だってきちっと払ってもらわないとダメよっ!」
・・・ありがとヨ~妹(涙)。
しかしなあ・・・。
相続放棄をせず、叔父・ダンナ・妹2人の4人で分割するとしたら、叔父が手にする金額は、借金返済やごみ処理費用、引っ越し代などで消えてしまうくらいの額しか残らないだろう。
そうなると、その後の生活は成り立たない。
べつに、生活が成り立たなかろうが、これは叔父自身が招いた結果なんだから、そんなこたぁ知ったこっちゃないと言ってしまえば、それまでのコトなんだが。
というワケで、ダンナは、私の意見も聞きたいというのである。
うーむ、難しい・・・・。
私としては、なんでもイイから早く決着をつけて、今後一切「金を貸せ」と言わないという念書をとり、そう言わなくても良い状態になってほしい。
「金を貸せと言わなくても良い状態」というのは、すなわち、叔父の買い物衝動を制御してくれて、その上、食事や健康のケアをしてくれる管理者のいる場所に収容してほしい、ということ。
つまりは、老人ホームなんだが・・・。
でも、そこへ入るには、ある程度のお金が必要。
だから、ダンナが貸したお金はあきらめ、できれば妹たちにも相続放棄してもらい、さっさと叔父を老人ホームへ入れて、早くホッとしたい。
これが私の意見ダス。
いずれにしろ、まず「権利書」が発見されることが大前提ではある。
叔父、今頃家中のゴミをひっくり返して大捜索しているんだろうか・・・・。
ほとんど徹夜状態でも、今日はがんばってキモノ着たじょ。
単衣の紬を着るつもりで準備していたんだが、今日は暑くなるという予報だったので急遽夏塩沢に。
おっと、夏塩沢じゃなくて「夏塩沢風」の絹入りポリエステルなんだけどね。
つきあいで買ったものだけど、意外と重宝している。
涼しくて軽い。
すぐ洗える。
すぐ乾く。
着付けがラク。
写真は、先日買った芙蓉の柄の麻帯を絞めてみたところ。
実際のお出かけには、さすがに麻帯には早すぎるかと思って、クリーム色の織り帯を絞めた。
昨夜完成したばかりの「ボツ」バッグを持って行った。
使っちゃったので、もう売れません・・・。
ところで、今日は友人とのランチの後、バッグの納品がてら呉服屋の展示会を見た。
「ナントカという偉い先生の展示会で、いろいろな作品が見られる。先生もご来場になるので、いろいろなお話が伺えますよ」とのことだったのだが、頭の巡りが悪い私は、ナントカという先生が一体何をする人なのかわからず・・・。
「へえ~。でも、えっと・・作品って・・・どんな作品を作られるかたなんですか?」
「いろんなコトをしてらっしゃる先生なんです。陶とかガラスとか、インテリアも手がけてらっしゃるし・・・つまり芸術家です。ものすごくダンディで素敵なかたですよ」
「ふーん。面白そうですねぇ・・・(でも着物屋でそんな人の展示会をするのかぁ、変わった趣向だなぁ・・・)」
「先生自らご来場になるなんて、こんな機会はめったにないので、是非お友達を誘って来て下さいね」
・・・・・ってことで、お友達を誘って行ったわけだった。
会場に行ってみて、ハッとした。
つまり、ナントカという偉い先生というのは、キモノの絵柄を描く友禅作家さんだったワケ。
だから、展示会場にはたくさんのキモノ、帯、反物。
しかもお値段は、いくつまで数えたのかわからなくなってしまうくらいの「0」の行列!!
ぎょえ~っ!!
とんでもない空間に足を踏み入れてしまったじょ~。
しかしさぁ、考えてみればそうだよね。
呉服屋の催しなんだから、着物の展示販売に決まっている。
それにしても、ナントカという偉い先生は、本当に男前であった。
で、本当にダンディであった。
で、薦めるのもとってもお上手。
が、「作家」と名の付く人で、こんなに口が達者な人は初めて見たじょ。
おそらく奥様たちはイチコロだ。
もちろん、独自の手法で一枚一枚描かれた手書き友禅はため息モノ。
私も「アザミ」が描かれた薄ピンク色の訪問着を羽織ってみたじょ。
ボタニカル・アート並みの写実でありながら、花の部分は蒔絵用の金粉に紫色の染料を混ぜているとのことで、微妙にメタリック。
葉の緑色も、様々な緑色を繊細に使い分けて、強い色を裾に、上に行くにしたがってやわらかい色を、というふうに、奔放に描いているかのように見えて、じつは着姿を計算しつくした配色。
んがっ、・・・・すっげー似合ってなかった(-_-;。
にもかかわらず、「優しい色がよくお似合い」だの「雰囲気にピッタリ」だのと褒めちぎる・・・・。
「ボクは、自らのトゲで身を守りながら、こんな優しい花をつけるアザミが好きなんです」
おひょひょ~~っ。
アブナイ、アブナイ。
ちなみに、朝青龍の奥さんが、結婚式だか記者会見だかの時に着ていたキモノを手がけた人なんだそう。
どんなキモノだったか全然覚えてないけど、とにかく知る人ぞ知る有名な先生であることは確からしい。
いや~、良いモン見せてもらいました。
帰りがけ、近くのスーパーで特価のソーメンと98円のネギを買って帰宅。
汗まみれになったキモノと襦袢を脱ぎ捨て、Tシャツとパンツ一丁でコレを書いている。