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2006/07/28

おもてなしの心


北海道の友人が送ってくれたメロンを、来客に供した。

玄関に放置したメロンの箱を目撃されているので、出さないわけにもいかず・・・あ、いや。
「ようこそ我が家へ」の気持ちを込めて。

前夜にすでに半分食べてしまっているので、残りは半分。
来客は4人だったから、その半分を4分割。

5分割にはするのは難しかったので、つまり、私の分はない(心で涙)。

みんなが食べ終わった皮をふと見ると、まだ少しオレンジ色の果肉が残っていた。
みなさんお上品な人たちなので、皮のぎりぎりまで削って食べたりはしないのよね。

ああ。。。。

来客は夕方まで滞在したんだけど、キッチンへ行くたびに、三角ペールに投げ込んだメロン皮をじっと見てしまう私・・・。

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2006/07/22

ブラジル名物 歯折れ・・



エントリーナンバー・・・忘れた。

  「フェイジョアーダ  ファリーニャ添え」

    店名: ここふじ邸


フェイジョアーダってのは、ブラジル料理。
豚のいろいろな部分と豆をひたすら煮込んだもの。

「ブラジルは食文化が成熟していない」という人もいるが、たしかにブラジルの名物料理といえば、肉の固まりに岩塩をかけて、あきらかに武器ダロ?っていう感じのデカイ串にさして焼くだけの「シュラスコ」。
そして、この「フェイジョアーダ」。
これだって、豚肉と豆をひたすら煮込んだだけの料理。べつに特別なワザはない。
調味料は塩しか使わないのが伝統の味なのだそう。

「フェイジョアーダ」はもともと奴隷たちの食事で、入っているのは豚でも、ご主人サマたちが食べ残した部位ばかり。内臓とか皮とか耳とかね。
でもある日、いい匂いに誘われてご主人サマがその料理を食べてみたところ、非常に旨かった!・・・ってわけで、奴隷も主人もみんなが食べるようになり、ブラジル全土に国民料理として広がったらしい。

ブラジルのマーケットでは、豚皮や内臓や耳や鼻やシッポやつま先etc・・、とにかくふつうに焼いて食べる部分以外のものが、全部一緒くたにぎゅーっと圧縮され、座布団のような状態で売られている。
その座布団一枚を買ってきて、豆と一緒に大鍋で何時間もぐつぐつと煮るワケさ。
座布団状の豚は形がなくなるまで煮込まれ、豆もほとんど「あんこ」状態。
とにかく、全体がドロ~リとしたものになる。

使う豆の種類が地方によって違うので、出来上がりの色も違う。
私が住んでいた土地では、黒い豆を使うのが普通だったので、焦げ茶色のドロドロ物の中に黒豆が点々と入っていた。
友人が住んでいたミナス地方では、小豆に似た赤っぽい豆だった。だから出来上がりも全体に赤っぽいドロドロ。
友人宅でごちそうになったのが、見た目も味も私好みだったし、ミナス地方特産の石鍋で煮込まれる様子がますます好ましい。
って、ことで早速ミナスの石鍋を購入したワケなんだが、これが当たり外れの多いもの。よく見て買わないと、ヒビや穴があいている。
しかも、無傷で持ち帰るのがとっても大変。
今まで何度もトライしているんだが、結局全滅・・・。
(この話は長いので、機会があればあらためて書きますが)

写真の鍋は、執念で持ち帰った韓国の石鍋。
ビビンバに使うものね。フタ付きのが欲しかったので、ほとんどコレを探すためだけに韓国へ行ったのさ。

と言うわけで、今日のランチはフェイジョアーダ(マカロニ入り)。
ただし、インスタント(^0^;。

そして、コレもまたブラジル名物「ファリーニャ」(写真下)を添えてみた。
「ファリーニャ」ってのはマンジョーカ(タライモ?)っていう芋を粉状にしたもの。
マンジョーカはそのままでは毒があって食べられないんだけど、粉にして熱を加えると毒素が抜ける。
その粉状のものを、ブラジルではどんな料理にも添えて食べる。
これも地方によっていろいろで、サンパウロあたりでは粉チーズみたいに白っぽいふわふわの粉だけど、アマゾナス州あたりの田舎へ行くと、粒子の粗いガリガリのものが好まれている。
私の住んでいた町でも、このガリガリのを食べていた。
すごーく固いんだよ。
ココの人たちは歯が丈夫なのかしら?って思ったら、歯が欠けている人が多かった。
歯が折れても、固いのが好きなのね。

日本ではこのガリガリタイプのファリーニャは、かなりマニアックなブラジル食材店でもなかなか手に入らない。
ので、ブラジル奥地へ旅行した人に頼んで、お土産に買ってきてもらった。
ガリガリのほうが保存がきくようで、数年前のものでも風味が全然変わらない。

さて。
食べてみた。

ハハハハ・・・・・・歯が欠けたじょ~~~っ!(奥歯ね)

2006/07/14

今日の雲




夏の雲を見ると、プールを思い出す。
中学生の頃までは、思い立ったらいつでも、サマードレスの下に水着を着て、坂の向こうにある町営プールへ駆けていった。
公園の一角に作られた小さな屋外プールで、水面にはいつも木の葉が浮かんでいた。
水にもぐって、その木の葉を下から見るのが好きだった。

でも、私、水遊びは大好で、スキューバダイビングのライセンスも持っていたりするんだが、じつは泳げないのさ・・・・。

大人になるとさ、泳げもしないのに公共プールへ行って、ただばしゃばしゃ遊ぶってことが、なんだか恥ずかしい感じになりませんか?
で、大人になってから、めったにプールなど行かなくなってしまった。

ああ、プール行きたい。
浮き輪つけて水面にプカプカ浮きたい。

2006/07/13

梅雨は?


今日はこんな雲。
真夏みたいだ。

只今気温36度。

2006/07/11

レントゲン検診と沖縄芸者

朝から日焼け止めをペタペタ塗って、市の胸部レントゲン検診に行ってきた。
せっかく無料なんだから、出来るだけ受けるようにしている。
・・・・あれ?歳がバレるのかな?

まあ、いい。

ウチの母が癌で亡くなっているので、友達が「癌は遺伝するんだから、アンタもちゃんと健康診断しなよ」と心配してくれる。
そう言う当人は、一日一箱以上のスモーカー。
「アンタこそ、健康診断なんてやってるのかい」
「え~、してないよ。怖いもん」

・・・・・('_')

とにかく、お互いそんなことを心配し合う歳になったってことだ。


最近、高校のクラスメートが亡くなった。

ここ数年なぜか同級生の訃報が続く。
この年齢だとまだ病死者はほとんどなく、不慮の事故と自殺が多い。
そのことに慄然とするんだが、亡くなった人のいずれも、名前と顔は思い出せても卒業以来会ったことはなく、在学中も特別親しいわけではなかったし、印象に残る思い出もない。
同じ空間で同じ空気を吸っていながら、その人が何を考え、何を楽しみに青春を過ごしていたのか全く知らないし、おそらく互いに興味もなかったのだと思う。
卒業後どんな進路を選び、死の当時にどんな生活をしていたのかも、当然知らない。
さらに言ってしまえば、生きていようが死んでいようが、私には何の関わりもない人たちなのだ。

でも、死の知らせを耳にすれば、否応なく彼らの短い人生に想像を馳せる瞬間がある。

私が知らないだけで、その人にも人生があった。

どんな人生だっただろう。
何を思って生き、死んだのだろう。
その人にだって、この世に生まれた時には誕生を喜んでくれる人がいた。
今生の宝として抱きしめてくれる人がいた。
初めての体験にドキドキしたり、戸惑ったり、緊張したり、泣いたり、笑ったり。
美味しい食べ物の味や、叫びたいほどイヤなことも知っただろう。
いろいろな感情を覚え、やがて恋もしただろう。
悩みもしただろう。
吹く風や道ばたの花に季節を感じ、晴れた日には空を見上げ、雨の日には傘をさす。
暑い日にはアイスを食べ、寒い日にはコートを羽織る。
重いカバンの肩紐を何度もかけなおしながら、坂道を登って汗を拭く。
欲しい洋服の値段にため息をつき、レストランの入り口で「本日のランチ」を横目で確かめる。
仕事で残業し、バス停でバスを待ち、休日には映画を観る。
なーんにもない一日もあれば、人生最大の一大事に出会う日もあったろう。

死んだという事実より、生きていた日常に、胸がきゅーっとなる。

誰かを愛していましたか?
誰かに愛されていましたか?

私の上にあった太陽は、その人の上にもあって、毎日同じように照らしていたはず。


中学の頃、何の授業だったのかさっぱり思い出せないんだが、「死亡原因の割合」の話を聞いた。

40人の生徒に向かって、先生曰く。
「君たち、自分だけは苦しまずに死にたいと思ってるだろうが、8割以上の人は何かの病気で苦しみながら死ぬんだぞ。このクラスの中で、将来老衰で眠るように死ねる人なんてせいぜい1人だな。あとは事故死だ。あ、2人くらいは自殺かな?」

・・・・って。
その時は、みんなゲラゲラ笑ったのになぁ。

おーい、先生。だんだん現実味を帯びてきたぞーっ。

あ~もうっ。
私って、なんでこんな話ばっかりいつまでも覚えてるんダロ。


ところで、先週末は、八十にして今なお現役のお座敷芸者に会ってきた。
知る人ぞ知る、最後の沖縄芸者と言われるナミィだ。

本当に可愛い人だった。
簡単に誘拐してしまえそうなくらい小柄で、明るくて、おしゃれで、元気なナミィおばぁ。

そのナミィと「お座敷遊び」をするという企画があった。
大店の旦那衆でなくても、成金でなくても、一般庶民が誰でも参加できるお座敷遊び。

当然、芸者遊びの経験もなく「イキ」を理解するはずもない一般庶民相手に、ナミィは惜しげもなくお座敷のワザを披露してくれた。
最初は、手拍子や合いの手もぎこちなく、なんだか無理矢理参加させられたキャンプファイヤーかユースホステルのミーティングみたいな空気だったけど、だんだんナミィに乗せられてしまった。
手拍子だけでは飽き足らなくなって、やがて誰ともなく踊り始める。
振り付けなど知らないまま、とにかく腕を宙に上げて輪になってユラユラと動き回り、レトロな裸電球が振動で揺れ、少女のような甲高いナミィのかけ声が響きわたり、なんだかわからないけど無性に可笑しくて楽しくて笑いが止まらない。
完全にトランス状態サ~!
ナミィは芸者でありながら、巫女でもあるような気がした。
お客全員が立ち上がって踊り始めたのを見ると、ナミィはますます気持ちよさそうにサンシンをかき鳴らし、いつまでもいつまでも演奏は止まらなかった。

♪サンフランシスコノチャーイナタウン~
アーソレソレ ♪


「だれでも、頭の上にカミ様を載せている。
そのカミ様は歌が好き。
だからナミィはどんな人の前でも歌うサ~。
そして、喜んだカミ様がくれるパワーで、百二十(ひゃくはたち)まで生きるサ~。」

・・だ、そうである。

元気をもらった。
私の上のカミ様も喜んだのだろう。
ありがとね、ナミィおばぁ。

さ、また頑張るサ~。

一緒に行ったダンナのカミ様もかなり嬉しかったらしく、いつもは頭頂部にペッタリと貼り付いてるのに、この日はちょっとだけサワサワと揺れていた。

2006/07/07

お中元はランチ


人形教室の生徒さんたちが、ランチに招待してくれた。

山の中にあるかわいいお店。
雨に洗われた庭の緑が美しかった。

メインディッシュは鯛ソテー。
皮をパリパリに焼いてあるのに、身がふっくらして美味。


芙蓉の麻帯をしたかったので、着物を着た。
着物は骨董屋で買った絹芭蕉。
サイズが少し小さめなので、そで口から襦袢が飛び出してしまうんだが、遊び着なので気にせずに着ている。
軽くて着やすいし、涼しくてとても具合が良い。

着物は楽しいなぁ。
にゃはは~。


ところで、一昨々日から昨日まで幼なじみが遊びに来ていて、三日間しゃべりっぱなしだった。

彼女は10年ちかく病気で引きこもっていて、その間は私も心の一部分が休眠しているような状態だったのだ。
おしゃべりしているうちに、眠っていた部分がゆっくりと目覚めていって、身体の中が何か瑞々しいもので満たされていくような感じ。

美味しい水をたっぷり飲んだ後のよう。
無味無臭で無色透明なのに、どんな飲み物よりも満足する。
私にとっていちばん必要なもの。

だから今日は寝不足なんだけど、なんだかしみじみと幸せなのさ。

2006/07/03

お取り寄せ


だひゃひゃひゃひゃ~~っ。

山形の産地からサクランボをお取り寄せしてみたじょ!
これぞ大人の楽しみだっ!だひゃだひゃ。

あ~~~久しぶりに思う存分サクランボが食えるのだ。
こんなに大量のサクランボを食べるのは、小学生の頃に扁桃腺の手術で入院した時以来。
お見舞客がみんな手に手にサクランボを持って来てくれたんだよね。
扁桃腺を切った後は丸一日食事はできないんだけど、痛みをこらえ、命を削りながら、無理矢理食べたッス。
「明日の完治より、今日のサクランボ」


ところで。
ここ数年、高級果物やブランド米などが収穫直前に盗まれるという事件が多発していますな。
部外者ながらこのニュースには激しい憤りを感じるし、被害を受けた生産者の気持ちを思えば胸が痛む。

「食べたい!という欲望で思わず盗んでしまった」というのならまだ許せる。
あ・・いや、決して許されることではないが、気持ちは理解できるのだ。
(すんません。子供の頃、ヨソの畑のニンジンを勝手に食べたことアリマス。ナマで・・・(-_-))

でもね、おそらくこの犯人たちは、他人の畑から盗んだ物を、あたかも自分が生産した(あるいは正規ルートから仕入れた)かのように見せかけて商売にしているんだよね。

生産者の人たちの日々の努力と丹精がまもなく酬われるという時に、コッソリやってきて奪い去って行くなんて許されることではないのは当然なんだが、それよりも、畑に実っているものを盗むなんていう発想に至ってしまう人がいることに、なんだか空恐ろしいものを感じるんである。

農産物なんて、不特定多数の人が通行する道のすぐ隣でユサユサと育っているのだ。
見張り番がいたとしても、それはよく見れば案山子。しかも監視している対象はスズメ。

考えてみれば、盗もうと思えば簡単に盗めてしまうのに、今まで誰も盗まなかった(たぶん)。
野生動物か、近所のイタズラ小僧か、空腹で切迫した人以外に、盗もうとする人なんていなかった(たぶん)。

盗めるモノなんだってことに誰も気がついていなかったってこともあるだろうけど、誰も盗まないってことを前提に「畑」ってものは成り立っているんじゃないのだろうか。
これはルールとか良心とか以前のものなんだと思う。

でも、気がついてしまったんだね。窃盗犯・・・。

太陽の下、土の上でしか作れないものを、盗もうと思う人が出てきてしまったら、100%の防御策なんてない。
鍵のかかる屋内で作ってしまったら、もうそれは別のモノになってしまう。

雄大で牧歌的な農村風景の中で、普通の人なら無条件に「ああ、なんてイイ景色なんだろう」と感じるところを、この窃盗犯たちは「ああ、金儲けのネタが順調に育ってるゾ~、イヒヒ」って思うんだね、きっと。
・・・・なんか、そういうことに、暗澹とするんである。


今年は高級サクランボ「佐藤錦」が被害にあったらしい。

犯人を見つけたら即刻銃殺刑にしてやりたい気分になる。
・・・と、同時に、ニュースを見ていたら、無性にサクランボが食べたくなってしまったのさ。

まあ、産地直送って書いてあるけど、このサクランボを売っている人が、生産者を装った窃盗犯じゃないって確証はないんだけど・・・

あ゛ーーーっ!なんちゃって、ウソです、ウソです。ごめんなさい。
佐藤錦は高すぎて買えなかったんだけど、ちゃんとした山形のサクランボ農家の人です。
安くしてくれてありがとうございました。
今朝届いて、もう半分食べちまったです。

↓サクランボ食べながら、ちゃんと仕事もしてますデス。


「メタボリック・シンドロームの男」(仮題)