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2006/11/30

再発

電話が鳴る。

「ヒツウチ」の表示。

ナンバーディスプレイにしてから1年近くたつけれど、ゴミ屋敷以外からの電話で「ヒツウチ」っていうのはめったにない。
ただの宣伝の電話でも、番号が表示される。
今はナンバーディスプレイにしている家が多いだろうから「ヒツウチ」だと出てもらえないもんね。


さて、「ヒツウチ」。

「もしや・・・」と思っていると、案の定。
留守電にしておいたら、夕方から鳴り始めて、何度も何度も繰り返し無言メッセージが。

しかも、留守だと思っているからなのか、はたまた居留守だとわかっているからなのか、留守録に切り替わると切れ、またすぐ鳴る・・・というのを延々と繰り返す。


この時間になって、ようやくメッセージが。


「ここふじさん・・・・・居たらすぐ返信ください。ダンナ君に緊急に話すことがあります。ここふじさんにも聞いてもらいたい。できるだけ早急に電話ください」



このごろ、本当に電話がダメになってしまった私。

電話の呼出音がなる度に、髪の毛が逆立つような感覚を覚えるようになってしまったんだが、今、実際にゴミ屋敷叔父の声を聞いた瞬間、胸のあたりがきゅーっとなって苦しくて、鳥肌が立つような感じで体中がザワザワする。
これって、ストレス症状なんでしょうか。

そんなに繊細な人間ではないはずだが。
それとも自己暗示みたいなものなんだろうか・・・。

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2006/11/29

はちみつ


さあ、今日は我が家のはちみつコレクションをご紹介するじょ。
・・・って言っても、ほとんど、友人が趣味で採っているのをもらったもの(参照http://blogs.yahoo.co.jp/fujikoko2000/38803807.html?p=4&pm=l)。

それぞれ微妙に色が違うのがおわかりか?
もちろん味もかなり違う。

それでは、左から順に説明するじょ。

1.サクラ
甘みが濃い。ハチミツらしい味。

2.クロガネモチ
白濁した蜜。さらっとした甘みと、上品な香り。
かすかに薬草っぽい後味。

3.ラベンダー
トローッとして、濃厚な味。

4.上:森の雑蜜
これは、友達のばあちゃんちの屋根裏に勝手に巣くってしまった蜂の巣から採取したもの。
ばあちゃんちは森のそばにあって、たぶんカエデの木が多かったのだと思う。
ハチミツっていうより、天然メイプルシロップそのままの味と色。
ものすごく美味しい。
あっという間に消費してしまった。
二度と手に入らないと思うと悲しくて、ちょっとだけ残ったのをなかなか使えずにいる。

5.下:アカシア
色が薄くとろみも少ないが、味・香りともにクセがなくて良い。

6.キク科雑草
以前私も体験させてもらったハチミツ採取の際に採れたもの。
これは残念ながら非常に不味い。
ほんとうにブタクサとかヒメジオンとかのような雑草の花の匂いと、苦いような味がする。
花の蜜がみんな甘くて美味しいワケではないんだね。


ハチミツが嫌いではないが、特別に好きというワケではない。
でも、こうして手元に集まってきてしまうので、いろいろな方法で(必死に)消費している。

普通の味のハチミツなら、ヨーグルトやパンケーキにかけて食べるし、味にクセのあるものは、中華料理に使ったりする。
黒酢や香酢を使った炒め物などに、よく合うのさ。
油+酢+ハチミツの組み合わせってなかなか相性が良いんだな。

最近は紅茶にもコーヒーにも、砂糖のかわりに入れるよ。

ただし6番だけは、どんなものに入れても味を悪くする効果あり。


・・・・って、ホントは、こんなのんきな記事書いてる場合じゃないんだよ。

来週の改装工事までに汚部屋を何とかしなくちゃいけないんだが、台所の片づけをしようと思ったところで、ハチミツに目が止まり、いきなり逃避。

2006/11/25

カレーじゃないのかっ?!


エントリーナンバー7

  「とろけるシチュー」

  店名:自分んち



このタイトルですでにお判りの方もおられると思うが・・・。

ウケ狙いかい?ってようなボケをかましたでやんすヨ、ワタクシ。

先日来のホワイトカレー騒動(?)以降、むらむらと「美味しい」カレーが食べたくなってしまった。
カレーってのは不思議な食べ物で、一度その味を思い出しちゃったら、実際に食べるまで頭から離れることがない。

そこで、ホワイトさんのご臨終と同時に、早速美味しいカレーを作ることに。
って言っても、市販のカレー・ルーを買ってくるってことなんだけどね。

材料を炒め、煮込みの時にトマトピュレとワインなど入れてみたりもする。
辛すぎるのは苦手だが、奥深い味にしたいので、そこらへんにあるスパイスをガバガバ入れる。
ガラムマサラを入れると、それだけでカレーっぽい香りが・・・。
カレーってのは、どんな素材でも寛容に受け入れて、味にとけ込ませてしまうもの。
だから、毎度おなじみのハクサイも入ってるし、冷蔵庫の残り物、カブとリンゴも入っている。
今日は入れなかったけど、チョコレートだって入れるさ。

さ、いよいよカレールーを投入・・・・・って、思ったところで重大な間違いを発見。

え?え?え?

「とろけるカレー」・・・じゃなくて「シチュー」??

おいっ、S&○!!

パッケージが紛らわしいんだよっ!!
これじゃあ、目の悪いご老人などは簡単に間違ってしまうじゃないか・・ったく。
カレーが食べたくて食べたくて必死の思いで買ったのに、それがシチューだったなんて・・・
肉まん食べたかったのにあんまん買ってしまった時と同じくらいショック!!←ショックさを伝える事例が思いつかない。


しかし、まあ、別に不味くはなかった。
ガラムマサラの香りが若干うるさいが(だってカレーのつもりだったんだもん)。

この程度の味なら、この書庫に入る資格はないんだが、「ホワイトカレー騒動のその後」ってことで。

それにな~。
カレーちゅうもんはな~。
「あ、間違ってシチューになっちゃった。ま、いっか!」
・・・って思ってあきらめられるもんじゃないだよ。
カレー食べたい時には絶対にカレーじゃなきゃダメなんだよーっ。


・・・あ、カレー粉いれればいいのか?
2006/11/23

ファイル3



 調査日:2006年11月22日
 採取地:K市某所ダイエー店内
   味:塩味が濃い。わずかに酸味。
  食感:軽い。サクサク。
完食時間:1日

総合評価:3.5

2006/11/23

生命というもの。


この数日、ストーカーのごとく、http://blogs.yahoo.co.jp/minaumezawa Atelier Minaのウメザワミナさんのブログを粘着的に訪問し、ミナさんがドイツ人作家原作の物語のために描いた絵を見せていただいた(まあ、基本的に常時粘着的に訪問しているんだが)。

音楽と朗読に合わせて、スライドでイラストを上映するという、凝った趣向の朗読会のためのもの。
ミナさんによれば「音楽、朗読、絵の三つが、対等な立場で絡み合って成立している」とのこと。

音楽も、物語のそれぞれの場面に合わせたオリジナル曲らしく、想像するに、絵はもちろんのこと、音楽も朗読もそれぞれが独立した芸術作品として成り立ち得るものであったろう。
それらの技術が惜しみなく、たったひと粒の反体制的(?!)サクランボ「エルフリーデ」の恋と冒険のために捧げられたワケだ。

残念ながら、本番は一夜限りで終わってしまったそうなんだが、ものすごく見てみたかった。


・・・・・。

さて、ここから、ミナさんにぶら下がって、我田引水、他人のフンドシ的な話になるんだけどさ・・・。

ずっと以前にも書いた覚えがあるけど、私は友達数人とプロジェクトを組んで「発作的出版局」ってのをやっている。
その名のとおり「発作的」に、ある日突然思い立って、本を出版しちゃうワケだ。
出版ったって、自宅のプリンターで印刷して、製本もすべて手作業。
発行部数20冊とかの超少数発行で、世に出る前から貴重本という運命。
切れないカッターしか持ってなくて、おまけに乱視な人間が作っているので、端っこガタガタゲチョゲチョだし、一冊売れるごとに約二百円づつ赤字っていう理不尽な制作コスト。
第一刷以降は、購入希望者からの注文が来れば、その都度印刷して製本するという、カッコよく言えばオンデマンド方式?

まあとにかく。

そんなステキな「発作的出版局」の記念すべき最初の出版物が「どんぐりのものがたり」っていう絵本だった。

私がストーリーを考え、イラスト担当者にものすごく大ざっぱに伝え、出来上がってきたイラストを見ながら、あらためて文章を入れる、という方式で作ったモノ。

物語の内容的には「どこかで聞いたことある?」な感じなんだけど、イラスト担当者が子供向けの図鑑やアウトドア雑誌でイラスト描いてた人なので、かわいい画風ながら植物の描写が正確。
つまり、ホンワカしたファンタジックなお話なのに、じつは科学絵本的要素を含んでいるっていう、秀逸な本なのであ~る。えっへん!

今回のミナさんの「さくらんぽエルフリーデ」の密かな主題になっていると思われるのが「命の再生」。
「どんぐりのものがたり」も、それと共通するテーマじゃないかなと思ったので、トラックバックさせていただいた。
是非「さくらんぽエルフリーデ」と併せてご覧下さい。


では、ストーリーを大ざっぱにご紹介するでやんすヨ。


           「どんぐりのものがたり」


森の中に、コロコロところがるドングリふたつ。

そこへ、小さな女の子がやってきて、ふたつのドングリをポケットに入れて持ち帰ったんだけど、ポケットに穴があいていて、女の子はドングリをひとつ家の前に落としてしまう。

無事に持ち帰ったドングリは、マッチ棒を刺して手足に見立てて、お人形に。
でも、しばらくは可愛がって遊んだけれど、やがて窓辺に置いたまま忘れ去られてしまう。

一方、庭のすみに落とされたほうのドングリは、窓の中の様子を眺めながら、冷たい風に吹かれ、雨に打たれ、雪に埋もれ・・・・

「ああ、このまま腐って死んでしまう」って思った頃、体が割れ、そこから芽が出てくるんだけど、でも、せっかく伸びた小さな芽も、また風に吹かれ、雨に打たれ、雪に埋もれ・・・
ようやく春になって葉をつけたのに、また秋になれば枯れて・・・そんなふうに寂しくて辛い月日が流れていった。

そして、ある晴れた日。

女の子の部屋の窓に、心地よいそよ風が吹き込んで、大きな木の枝の先が入ってきた。
埃まみれで放置されていたドングリ人形に、その木が話しかける。
「キミを迎えにきたよ」

ドングリ人形は木の枝に乗って窓の外へ・・・。
そして、いつのまにか巨木に成長したドングリの木の根元で、安心して眠りに落ちた。

「あら、知らないウチに生えていたドングリの木、いつのまにかこんなに大きくなったのねぇ」

そう言いながら、まぶしそうに巨木を見上げる一人のおばあちゃん。

・・・それが、ドングリを拾ったあの女の子なのだった。

           おしまい。




この本にいてのお問い合わせは、発作的出版局まで。

って・・・オイラじゃん!
2006/11/21

ホワイトのちイエロー


エントリーナンバー6

「ホワイトカレーinカレー粉」

 店名:自分んち


えっと・・・・。
一昨日作ったホワイトカレー。
毎日三回食べても、まだあります。
人参ご飯も、大量に炊いて冷凍してあるので、まだある。

友人に「ホワイトカレーまじかった」って話をしたら、「カレー粉いれてみたら?」って言われ、やってみた。

・・・・・で、再度この書庫に投稿することになったワケ。

今夜も食べたが、まだある。

どうすりゃイイんだ?!


旨いカレーが食べたいッス。

・・・しかし、ハクサイもまだ大量にあるんだった(T_T)。

2006/11/20

アイドルを止めろ!

久しぶりに、四方山話の小ネタです。

義妹の誕生日に送るカードを買いに、午後6時をすぎてから街へお出かけ。
健全な主婦(ココで突っ込まないように)は、こんな時間からお出かけなどめったにしない。
午後4時に出かけて午前2時に帰宅ってことはあってもな

めずらしい時間にバスに乗ると、普段は気にも止めないことが妙に気になったりする。


さて。

一般にはなかなか浸透しないが、「アイドリング・ストップ運動」ってのがあるね。

他の都市ではどうなのか知らないが、私の居住地では、路線バスはみんな頑張って「アイドリング・ストップ」に努めている様子。
でも、運転手の個人的な意識の差に左右されるから、「運動」というタイプの呼びかけではなかなか徹底されないのが現実。
そこで最近では、一定時間以上停車すると自動的にエンジンが止まるっていう車両も導入されていて、運転者にその気がなくても、信号待ちや渋滞などのたびにいちいちエンジンが止まってしまう。

そこで面白いのが、車内の様子。

ブルン・プシュ~ゥ・・ってエンジンが止まると、同時に空調も止まり、バスの中は唐突に無音状態になる。
すると不思議なことに、今まで賑やかにしゃべくりまくっていた乗客たちまでもが、一斉に沈黙しちゃうんだよね。

アレって、どうしてなんだろう??

早口で声高にしゃべって笑い合っていた女子高生も、地域の清掃活動に参加しない奥さんを愚痴っていたオバサンも、かかりつけの医者の診断ミスを責める老人も、たまたま隣り合わせたらしいヒザが痛い人と腰が痛い人の二人組も、ピッポッパッポと携帯メールを打っている大学生も・・・・
エンジンが止まったとたん、みんなちょっとだけ緊張した顔になり、まるで何かを恐れるように、息をひそめてじっと黙り込む。
おしゃべりのアイドリングもストップ・・・?

このバスが導入されたばかりの頃は、エンジンが止まるたびに「何か起こったのか?」と身を乗り出す人をよく目にしたが、最近はほとんどの人が「アイドリングストップ」を理解している様子。
それでもなお、エンジンが止まると、車内の空気が一瞬変わり、乗客は身を硬直させてしまう。
しーんと静まり返った車内では、蛍光灯の明かりが妙に白々と見える。

やがて信号が変わり、ガッキュキュー・ブルルルンと運転手がエンジンをかける。
車体が振動するのが、なんだか武者ぶるいのよう。
乗客もようやくホッとして、「あ、えっと・・ナンの話だっけ・・・」って、途切れていた会話が再び始まり、車内は穏やかに喧噪を取り戻してゆく。
まるでみんな一緒に短い記憶喪失に陥っていたかのようだ。

面白いよな~。
なんでなんだろう?
エンジン音に邪魔されながら大声を上げるより、静かな時のほうがしゃべりやすいだろうに・・・。
他人に聞き耳を立てられるのを恐れるのか?
それとも単に、静寂に馴れていないのか?
それとも、エンジンが途絶えたバスには、何か良くないことが起こる予感がするのか・・・・?

まあ、こういうことは今日に限らず、日頃から感じてはいたんだけどさ、今日はもうひとつ気がついたことがある。

アイドリング・ストップ中の、運転手の様子なんである。

私は乗る区間が短いので、前のほうに立つ(もしくは座る)ことが多いんだが、「働く人」を観察するのが趣味なので、いつも運転手をジーッと見てしまう。

エンジンが自動的に止まるたびに、小さく舌打ちして必死でエンジンをかけ直す、なんだか落ち着きのない短気そうな運転手もたまに目にするんだが、今日の運ちゃんは、エンジンが止まっている間、妙にくつろいでいたんである。

アイドリング・ストップ中。
ハンドルにアゴをのせてボーっとする。
運転席前面にある計器類の埃を指で拭く。
帽子を取って、社章とかツバをいじる。
ぽわーんと大あくびをする。
道沿いの店の看板にジーッと目をこらす。
・・・・。

で、前の車が動き出すと、ハッとした様子で急いでエンジンをかけるんだが、その時のあわて具合に、一抹の不安が・・・。

どう見ても、エンジンが止まっている間、バス運転手としての意識も集中力も途切れているように見える。
実際、次の停留所がすぐそこだったのに、あやうく止まり忘れて通り過ぎちゃいそうだったもん。

停車していてもエンジンがかかっていれば、運転席に居ながらにしてこんなにくつろぐなんてこと、あり得ないんじゃないだろうか。
なんだか、エンジン停止中の数分間は「ボクはバスの運転手、大事なお客さんを乗せているぞ」って気持ちを完全に忘れているように思えてならない。

これは推測にすぎないんだが、たまたまこの運ちゃんだからってことじゃなくて、人間の行動心理(?)として、ありがちな傾向なんじゃないかという気がするんである。

乗客の様子から考えても、無意識のうちに「エンジンが停止したバスは、いつものバスじゃない」みたいな感覚が働いているのはほぼ確信に足る事実。
くつろいでいた乗客が、エンジン停止の際に緊張するのとは逆に、緊張しているはずの運転手はくつろいでしまう・・・ってことがあるんではないだろうか?


「アイドリング・ストップ」が大気汚染防止のために効果があることは知っている。
この運動を広めることを否定はしない。
大いに進めて欲しいと思う。

んが、「アイドリング・ストップと同時に運転手の集中力や緊張感が一瞬途切れる可能性」について、しかるべき専門機関で一度調査してみたほうが良いんじゃないだろうか?
それとも、もうどこかでやってるのかな?



ところで、「アイドリングストップバス」が導入された当初、バスの車体には「アイドルストップバス」って書いてあった。

もちろんこの場合の「アイドル」は「idle=空転」のことだけど(だよね?・・汗)、「idol=アイドルex:ゆうこりん等」だと勘違いした市民から「アイドルは乗れないのかよーっ!」っていう苦情が殺到したために、今では全車「アイドリングストップバス」と書き換えたと思われる。

2006/11/19

カレーなのか?


エントリーナンバー 5

「ホワイトカレー」

店名:ここふじ邸


ハクサイが大量にあるので、このところハクサイばっかり食べている。

豚肉とハクサイの炒めもの。
鶏肉とハクサイの炒めもの。
蒲鉾とハクサイの炒めもの。
ハクサイだけの炒めもの。
豚肉とハクサイの蒸しもの。
鶏肉とハクサイの蒸しもの。
蒲鉾とハクサイの蒸しもの。
ハクサイだけの蒸しもの。

それぞれを、×3パターン(和風、洋風、中華風)。

今日のメニューは鶏肉とハクサイの煮物。
ちょっとクリーム煮っぽいモノにしたくなった。

作り方は知らない。

そこで、市販のクリームシチューのモトを購入・・・・したつもりだったのに、よく見たら「ホワイトカレー」って書いてある。

こ、これはナンだ?
カレーなのか?クリームシチューなのか?

匂いはカレーっぽい。
しかし、色は白い。

すでに鍋には鶏肉とハクサイを投入していたので、「あくまでカレーだと言いはるんだったら、イモとタマネギも入れてやろーじゃないか」と思って、追加投入。

よく考えたらニンジンを忘れていた。

だから、ご飯の中に細切りのニンジンを入れて炊き込んだ。

完成。


食べてみた・・・・。



で・・・久しぶりにこの書庫の存在を思い出したというワケさ。

2006/11/19

ダンナの憂鬱 怒涛の披露宴


昨日の披露宴前に、ダンナに撮影してもらった私のキモノ姿。

もンのすごっくやる気なさそうにカメラをかまえて「こんなに撮ったらデジカメの電池なくなるぅ」って・・・おんどりゃ~二枚しか撮っとらんだろ~ヨッ!!

それにしても、礼装の時には多少の補正(体の線を和服用にととのえる)はするべきだと痛感する写真・・・。



愛しの女子大生(既卒業)の結婚披露宴も無事終わり、昨夜はその興奮の余韻と、そこはかとない寂寥感に包まれたダンナの職場&我が家なんであった。

仕事が立て込んで、前日の夜はほぼ徹夜のまま披露宴に臨むことになったダンナ。
ナマハゲの打ち合わせも、祝辞の内容も考えるヒマがなかったらしい。
普段からボーっとしていることが多いんだが、会場に向かう道中、いつにも増して無言でボンヤリ・・・。

朦朧としながら、頭の中で必死で祝辞考えてんのかな~?
ナマハゲのこと考えると憂鬱なのかな~?
それとも、女子大生の花嫁姿を思い描いて、すでに悲しいのかな~?

考えてることはだいたい想像つくんだが、こういう時にちゃかすようなことを言うと面倒なので、放っておいた。


そっと、ダンナの心中を覗き見てみる。

・・・・・。

ああ・・・・・とうとう今日にになってしまった。

彼女が職場に来ていた時は、毎日が本当に楽しかったなぁ。

片道一時間半もかけて通勤してくるのに、疲れも見せず、朝から屈託ない笑顔を振りまいてくれる。
どんな仕事を頼んでも、イヤな顔をせず、楽しげにやってくれた。

自然豊かな土地で、サルやイノシシと一緒に育ち、家族の話が好きで、母親の料理が一番美味しいって言う彼女。
退職記念のランチに誘って「最後だから何でも好きなモノ食べて良いよ」って言ったのに、学生街にある定食屋の名物特大カレー(680円)を「一度たいらげてみたかった」なんて言う、つつましく、さりげない気遣いの彼女。

そんな彼女との夢のような日々が、走馬燈となって脳裏を駆けめぐる。

長い遠距離恋愛を実らせて結婚する彼女を、心から祝福してあげたいのに、その反面で、この日が来ないことを祈ってしまう自分が居る。

職場の部下としての親しみ、父親のような気持ち、友情、恋心・・・そして、そのどれにも属さない種類の愛しさ。
これは、あえて名付けたくない感情。
混沌としたまま、ゆるゆるとぬるい春の風に吹かれるような、とらえどころのない心地よさ。
この気持ちをはっきりと確かめて、名前をつけてしまった瞬間に、きっと彼女は消えてしまう。

キミがそこに居てくれた。
ああ、ボクはただそれだけで幸せだったんだ・・・ただそれだけで・・・  {ダンナ 心のポエム}

・・・・・。


こんなことを勝手に思いめぐらせてたら、感情移入しすぎて、私のほうがホロリとした。

で、「今日の祝辞さぁ・・・堅苦しくしないで、ちゃんと自分らしい言葉でお祝いを言うんだよ」って言うと、めずらしく素直に「ウン」と答えるダンナ。
ついでだから、「ナマハゲも、羞恥を捨てて精一杯やるんだよ」って言ってみたら、いきなり「んにゃ~ぁ」って鳴いて身もだえした。

で、それっきり、また無言。
なんだか、しみじみとした寂しさを共有する二人。

車窓の外には細かい雨が降っていた。




さて、私たちが会場に到着するとすぐ、スーツ姿で、登山用の「背負い子」に巨大段ポール箱をくくりつけた姿で現れた同僚A。
何かの間違いで自分ちの冷蔵庫でも背負ってきちゃったのかと思っていたら、それがナマハゲの衣装だった。

んが、「ここふじ夫さんは祝辞を述べるそうなので、配役を変えました」と同僚A。
その横に、なぜか沈鬱な表情の同僚Bが・・・。
つまり、ナマハゲは同僚Bが急遽代役をつとめることになったワケだ。

「出来るだけ動きを派手にね!」とか言われながら、暗い顔でビールを流し込む同僚Bだったが、いや~、頑張ったぞナマハゲ。
何度も使い回している巨大な鬼の面も、いい味だしていた。
ちゃんと子供も泣かしてたしな。

残念ながら、「ばってん荒川への転身」という感動のクライマックスは、練習不足のため断念。
そのかわり、嫁をさらって行こうとするナマハゲに新郎が敢然と立ち向かい叩きのめす、というストーリーに書き換えられていた。
新郎さん、ほんとお疲れサマです。
打ち合わせ3分、ぶっつけ本番。
なのに、タキシードの上着を脱ぎ捨てての熱演ぶりに、ちょっといいヤツだな・・・って思った。

それと、歌をやらない代わりに、ナレーションで場を盛り上げるという演出をした。
だから、同僚がもう一人、急遽駆り出され、「今日は秋田からお客様が来ています。おや?なにやら扉の向こうから怪しい物音が・・・」とか言って、ほぼ全編アドリブでナレーションをやった。
これもぶっつけ本番なのに、めちゃくちゃ上手かった。


ちなみに、披露宴には、ダンナの職場の人が6人招待されていた。

それでなくても劇団「大人計画」かと思うほど異色キャラ揃いの職場なんだが、その中でも特別強烈な先鋭メンバーばかりがこの披露宴会場に出揃った。
一見してカタギの職種じゃない風貌(でも一応カタギ)。
それなのに、座席表の名前の上には妙にアカデミックな感じがする肩書き(しかも役職名がムダに長い)。
黙って座っているだけで、他のテーブルからちらちらと視線を注がれているのがわかる。

その異色の招待客による、マジメなのかふざけているのか、崇高なのかバカバカしいのか、判断のつかない出し物に、会場全体がしばらく硬直・・・。

ナマハゲが去った後も、宴客はみんな視点が定まらないまま半笑いを浮かべている状況。

で、司会者が、「ただ今の出し物は、新婦の職場である%&#$の○▲#!部%’主任の××様と○▲#研究グループ長○▼様でございました」って長ったらしい職名をわざと慇懃に紹介すると、どこからともなく「ぷっ・・!」て噴く声がして、ようやく場が和んだんであった。
司会者の機転に感心、感謝。

とにかく同僚Aは、とりあえず(彼にとっての)伝統あるナマハゲの芸を披露できたことで満足したようだった。

一方同僚Bの相変わらず暗い表情が気にはなったが・・・
(ナマハゲの蓑の下に、スピードスケート選手が着る全身タイツみたいなものの思いっきり蛍光色のを着せられたショックから、立ち直れないでいるもよう)



ところで、ダンナの祝辞。

原稿も持っていないのに大丈夫か?とハラハラしていたんだが、詰まりながらも結構いい内容で、職場でのほほえましいエピソードなどを紹介し、ところどころで会場の笑いまで取っていた。

だから、ちゃんとやさしく誉めてあげたじょ。

無事に大役を果たした後は、アイドルの撮影会でのアキバ少年のごとく、執拗に新婦(たま~に新郎)の写真を撮り続けるダンナ。
・・・ジッとしていたら泣いちゃいそうで、何かしていないではいられなかったんだろう。


ともあれ、まあ、新郎新婦の人柄や、周りの人たちとの関わり方がよく現れている披露宴演出で、新婦よりも新郎のほうが先に号泣、両家のご両親も号泣、列席した人たちも全員がウルウルしちゃう、なかなか温かい宴であった。

2006/11/17

「人並み」であるために・・・




すっかり意識から消えていたんだが、明日は件の女子大生(既卒業)の結婚披露宴(参照http://blogs.yahoo.co.jp/fujikoko2000/41830778.html?p=1&pm=c)なんだった。

ダンナのナマハゲは、どうも雲行きが怪しくなってきた。
エセ・ナマハゲ伝導師・同僚Aもダンナも、今日に至るまでずっと出張続きで、打ち合わせも練習も出来ずにいるのだ。
おまけにダンナってば、新婦の上司として祝辞を頼まれちゃったりしたもんで、頭の中はそのことでイッパイ。
ばってん荒川のCDだって一度たりとも聴いてない。
ああ~、どうなるんだろ。
ナマハゲ、無事に披露できるんだろうか??

しかし、今の私には、そんなことは全くどうでも良い。

だって、だってぇ・・・
わたし~ぃ、何を着ていくか、とっても迷ってるんですも~ん。
うふっ。

・・・・・(-_-;

ふん。
べつに私が嫁に行くワケでもあるまいし、悩むほどのことはないってのは充分に知っているさ。

しかしね、そもそも結婚披露宴のゲストとして、どんな服装であれば適当なのか?
新婦の友人とかの世代の子なら、多少ハジケちゃってるくらいでも良いだろうが、職場の上司の妻っていう微妙な立場の場合は、どうあるべきか?
新郎新婦それぞれの家はけっこう格式のある旧家なのらしい。

キモノ好きを標榜していても、いつもは安い普段着のキモノしか着ないので、こういう時は本当に困る。

とりあえず、キモノにする。
無難な柄の「付下げ」。

・・・そこまでは決まった。
(しかし知人に相談したところ、お茶席用の地味な付下げより、キモノとしては「格下」の小紋でも、華やかな柄のほうがお祝いの席には良いのでは?と言われ、やや心が揺れる)

以前も書いたが、コレはリサイクル品。「ながもち屋」で購入したもの。
私はけっこう裄が長めなんだが、これはめずらしくサイズがピッタリだったので、即買い。
でも買ったまま、一度も着る機会はない。
まぁ、つまり、コレのもともとの持ち主も、あまりにも無難な柄すぎて着る機会を逸したまま結局「ながもち屋」に持ち込むことになったんだろうなぁ・・・。

今日ようやく出してみた。

ふーん、こんな柄だったのかぁ・・・。

まあ、いい。
老けて見えないよう、半襟は華やかな刺繍襟にする予定。

さて、次は帯である。

上から。
1.白っぽい金色にオシドリ。
2.黒地に鳳凰。
3.水色に花と御所車。

とりあえず、おメデタそうな帯を全部出してみた。

1の「オシドリ」は、結婚する時に、亡き親に代わって「人並みの嫁入り道具を~」って騒ぐ姉に、強引に持たされたモノ。
その時の姉の、常軌を逸した張り切りようが不気味で、今まで一度も使用したことはない。
まあ、そもそもそんな機会もなかったし、また、今回を逃したら今後も一生使用することはないだろうと思われる。

2の「黒地に鳳凰」の帯は若い頃に何もわからないまま自分で買ったもの。自分で選んだだけのことはあって、二度ほど使用した。

3は、独身時代に母がいつのまにか作っておいてくれたもの。気持ちは嬉しかったが、あまりにも「私っぽく」なくて、これも使用したことはない。


この先、訪問着や付下げなど着る機会があるとは思えないので、1とか3あたりの普段着には絶対しない帯をこの機会に締めようかと思っている。
2は、この先もたびたび活躍しそうだし。


さて、今まで正装の機会がないってことは、草履やバッグもソレ用のものがないってことなんだ。

うーむ。
足元までは「手が回りませんでした」ってことで勘弁してもらうか?

しかし、結婚以来一度も開けたことのなかった衣装ケースをゴソゴソかき混ぜていたら、なんと!成人式の振り袖用の小物が出てきた。

そういえば、こんな私にも、二十歳の頃があったんである。

そのころは全然キモノになど興味もなく、「こんな男みたいな娘にでも一度くらいキレイな振り袖を着せてみたいのだ」と嘆く親に向かって、「そんなもの買う金があるなら もっと仕送りしてくれ!(まだ学生だったので)」なんちゅう暴言を吐く親不孝娘なんであった。
でも、その年の正月に実家へ帰省すると、その足でいきなり写真館へ連れて行かれ、そこに用意してあった振り袖と帯その他一式を着せられて、記念写真を撮られた。
いつのまにか私に内緒で父母が選んで買ってくれていたのだが、「買った」と言うと私が怒るから、その時はレンタルだと言い張っていた。
「成人式」は、後期試験の最中だったので出席せず、結局、その振り袖は写真館で着たきり、二度と着る機会はなく、その数年後に父母ともに他界したんである。

亡き父母のこんな健気な親心に対して申し訳ないんだが、これまた思いっきり私の好みじゃない柄の振り袖。
キモノのことがわかってくれば、いつか良さがわかるのだろうか?と期待もしてみたが、今もってまったく理解不能。

とにかく、だまし討ちで着せられた振り袖騒ぎの時に使用したと思われる(覚えていない)礼装用草履とバッグのセットがこのたびンンン十年ぶりに発掘された。
写真館でしか履いていないので、草履の裏は新品同様。

地味な付下げに、こんな草履が合うのかどうかワカランが、コレしかないので利用しようかと思う。