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2007/03/25

21個目

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2007/03/23

休日の徒然



こんにちは。
三食+おやつにパパイヤを食べている手ごね人です。

何かの罰ゲームのように、ムキになってがむしゃらに食べているんだが、そのかいあって、巨大パパイヤもあと4分の1を残すのみとなりました。

ブラジルに居たころ、近所のおばあちゃんが「パパイヤのタネを毎朝一粒食べると胃の調子が良い」と話していたのを思いだし、私もそうしてみる。

そのせいなのか、昨日も本日も、私にしてはめずらしい快便。
身も心もスッキリなんである。



バッグ作りはまだまだ続くんだが、まあとにかく数の上では20連発達成したので、昨日は久しぶりにゆっくり過ごした。

昼夜逆転生活を強制的に直すべく、昨日も今日も早朝から活動している。
活動ったって別にすることはないんだが、昨日は散歩がてら街へ出た。

毎年、この季節は着るモノに迷う。

そのため、この時期のお出かけはキモノでごまかすことが多いワケなんだが、今は汚部屋max状態でキモノ専用衣装箱も汚物に埋もれていて断念。

引きこもり生活で体力が弱っているのか、桜が咲く陽気だというのに、寒くて仕方がない。
さすがにダウンでは仰々しいかと思って、昔買った薄手の皮ジャケットを引っぱり出して着たんだが、中心街に到着すると、あきらかに季節にも流行にも取り残されている我が身を痛感。
せっかくの春真っ盛りだというのに、テンション上がらねぇー。


ところで、どこかの大学の卒業式だったらしく、袴姿のオネェちゃんをたくさん見た。

若い子のキモノ姿や袴姿を見るのはもちろんウハウハするほど好きなんだが、それにしても派手ですな~、最近の袴姿。

卒業式会場は、もはやベネツィアンカーニバルみたいになっていそう。
和服ブームに乗じたレンタル着物屋の商戦に踊らされる感じも。
その姿のまんま繁華街に繰り出しちゃうもんだから、ますます違和というか驚愕の光景に見えるワケなんだけどね。

まあ、そんなこともこんなことも、やがて時代の記憶として懐かしむモノになって行くんだろうさ。

若者たちよ、卒業おめでとう。



さて、久しぶりに街へ出たのはイイが、することと言えば結局いつもの画材屋と手芸屋と本屋めぐり。
美術館も工芸館も別に面白いコトはやっておらず、観たい映画もなく、特に食べたいものもなく。

店員がうるさいので普段は避けている手芸屋に久しぶりに足を踏み入れ、皮工芸の用具を扱っている階で、バッグ用のカシメやマグネットボタンなどを購入。

しかしね、別の店では451円だった底鋲(4個入り)が、この店では987円で売られている。
あまりにも不思議だったので、何か違いがあるのかを検証したくなって、試しに買ってみた。

結果、一見すると全く違いは無く、まったく不可解。


携帯が壊れたので買い換えるつもりだったのに、すっかり失念。
コンタクトレンズも新調したかったんだが、寝不足で目がショボショボだったのでやめた。
銀行の記帳も忘れた。

何やってんだ、私?


早起きしたせいで、パパイヤの夕食を済ませたとたんに睡魔に襲われ、「拝啓父上さま」の最終回を見逃す。
ま、そのお陰で本日も早起き。
おまけに快便。


あ、写真は、制作中のチュニック。

カッターマットを敷いていても、勢いがありすぎてコタツの敷物を切ってしまう。
放っておくと穴が広がってしまうので、億劫がらずにそのつど塞ぐようにしているんだが、いつもその時使っている布の端切れで塞ぐので、コタツ敷きがだんだんカラフルになっていく。


さ、昼飯だ。
パパイヤ食べよっと。

2007/03/22

沖縄の果物その2


沖縄やんばる出張から帰ってきたと思ったら、着替えだけして再び旅立っていったダンナ。

そのダンナが置いていった荷物の中に、昨日に引き続き、さらなる謎の物体を発見。

細長い巨大カボチャが2つ。

・・・・と、思ったので、常温で放置しておいたところ、一夜明けてから急速にフニャフニャしてきた。

持ち上げてみると、内部に水分がズッシリと入っている感じで、明らかに昨日より重量が増している。
そのズッシリ感に、何かイヤ~な胸騒ぎのようなものを覚える。

内部が腐敗して、完全に液状化しているのか?(汗)

それとも・・・・これはカボチャじゃないのか???(汗・汗)


・・・じゃ、じゃあ、一体何なんだ???(冷汗)



腐敗臭や、変な匂いはない。

勇気を出して、切ってみることに。

すると・・・↓





!!!


こ・・これはっ!

なんだか、この断面に見覚えがあるぞ。

しかし、私の記憶にあるソレは、手のひらに載るくらいのサイズ。
こんな大砲の弾みたいな大きさではなかったはず。

でも、大きさは別として、この形状と色だけ見れば、コレは間違いなくアレだ。



さらなる勇気を出して、喰ってみる。


嗚呼。

やっぱり!
そう、これは・・・パパイヤ


一体、やんばるで何が起こっているんだ?




それにしても、同じモノがもう一つあるんだよな~(汗・汗・汗・・・)。

ダンナは土曜日まで帰って来ず。
たった一人で喰いきれるのかっ???
2007/03/22

沖縄の果物



ボケボケの写真で申し訳ありません。

ダンナが沖縄のやんばるに出張していて、早朝に帰宅。
玄関先で着替えて、そのまま今度は四国へ出かけた。

置いていった荷物を見ると、3泊分の着替えを持って出たはずなのに、パンツは一枚しか使用しておらず。
まあ、それはイイんだが、その使用済みパンツと一緒に入っていたのがコレ(写真)。

いかにも南国な感じのフルーツ。

やんばるの森で採取してきたのか??


荷物に押し込められていたために、つぶれて液状化しかかっていた。
捨てようかと思ったが、念のために切ってみた。

マツボックリみたいにゴツゴツしているように見えて、果皮は意外にやわらかく、スクッと包丁が入る。
むせるほどの甘い芳香とともに現れたのはクリーム色の実・・・。

おそるおそるスプーンですくって食べてみる。


・・・む?

むむむぉぉぉぉーーーーーっっっ!!

う・・・うまいっ!!!
うまいッスよ~~~っ!

ものすごく甘くて、熟れたパイナップルとラ・フランスと生クリームを混ぜたような味。
世の中にこんな旨いものがあったのかーーーっ。
この日を一生忘れないって思っちゃうほど、感動の味だったス。
ダンナの使用済みパンツと同梱されていたことを忘れさせる味。


これは一体なに???


アマゾンにグラビオラという果物があるんだが、それに似ている気がする。

2007/03/22

ついに20個目!

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2007/03/09

ファイル5



調査日:2007年3月3日
 採取地:K市某所セブンイレブン
   味:調味料のバランスが良い
  食感:程良い歯ごたえ
完食時間:1時間

総合評価:5

2007/03/09

ぶらぢるはなぢぶうーっ


「だれか、私の脳味噌に油を射してください」
・・・と思っていたところへ、ブラジルのお菓子を送って下さった人がいた。

うわ~!!有り難うございます!

地球の裏側から、はるばる届いたお菓子。

ゴイアバーダ。
バナナーダ。
コカディーニャ。

これらは、ゴイアバ(グァバ)とバナナとココナッツを、それぞれ砂糖で煮詰めて濃厚ゼリーかキャラメルみたいにしたお菓子で、ブラジルには昔からあるポピュラーなもの。
果物の味がギューッと濃縮されていて、甘いのに、たくさん食べても飽きない。

ご本人にお礼も言う前から、わしわしっと食べてしまう。

濃い。
南国の味がする。


写真右端の、白い紙に包まれたものは、ゴイアバとココナッツをミックスして煮詰めたもので、現地では「アゴ壊し」と呼ばれる恐ろしいお菓子なのだそう。

その名の通り、頑強なヌガーのようで、ねっとりぬがぬがーっとしていて、無理にかみ切ろうとするとアゴが壊れそう。
ぬがーっとしたのが歯にくっつく。

・・・んだが、ココナッツ好きな私のハートをワシ掴み!
ぬがぬが成分のほとんどは、砂糖ではなくゴイアバなので、甘みはそれほどしつこくない。

食べても、食べても、また食べたくなるような、後を引く味。

食べても、食べても、食べても、食べても・・・・・また食べたい。


最初いくつ入っていたのか覚えていないんだが、欲望にまかせて一気に食べ続け、ふと見ると、残り二つ。


そして・・・・・鼻血が出た。


大変おいしゅうございました。
ごちそうさまです。
本当に、本当に、嬉しいです。



でも・・・だれか、どうかこの私に「理性」というものを授けて下さい。



*写真前方にあるのは、小さな土人形。
小指の第一関節くらいの大きさしかないのに、洋服の柄も一人一人違っていて、それぞれ荷物も持っている。

2007/03/04

山の神の雛祭り


「最後の照葉樹林帯」で知られる宮崎県綾町へ行ってきた。
参照→綾町の照葉樹林

キラキラと陽光を照り返す古代の森も圧巻なんだが、桜の季節には若干早いこの時期になぜわざわざこんな山奥の町に足を運んだか?と言えば、ここの雛祭りを見るためなんである。


この綾町の雛祭り、ちょっと面白い。

そもそも九州は雛祭りのメッカと言っても良い土地柄で、各地に地方色豊かな雛祭りが現存しており、地域興しの素材としても早くから注目されているんであるが、この綾町は群を抜いて特色的。


それは、こんな具合↓。



雛壇のまわりを、森から運び込んだ天然物でぎっしりと取り囲んでいるワケなんである。
土を運び込み、岩や木を庭園風に置き、滝や小川や池なども作り、たいそう凝っている。

もともとは「山の神信仰」に由来するものらしく、長女が生まれたら粘土や木の枝などで人形を作り、山の神の居場所にふさわしい「森」を家の奥座敷に再現して、初節句を祝ったという。

素朴な手作りの人形は、近年になって段飾りの雛人形に変化していったが、あくまで女性を山の神として崇めるために人形の周りに自然の森を再現するという風習だけは残った。

現代ではさらに進化を遂げ、それぞれの家で競い合ってどんどん大がかりになり、巨大な丸太や岩が運び込まれ、ポンプで水を流し、いろいろな工夫が凝らされるようになっている。


↓この家の人はハンターなのかな?


様々な野生動物の剥製が飾られて、まるで博物館のパノラマ展示のよう。


↓農協の販売所に飾られているのは、こんなの。


宮崎県特産「日向夏」と、様々な野菜。


↓世界的に有名なネズミたちだって、綾町の雛祭りではこんなことに。



本来はあくまで家の座敷にしつらえるものなんだが、観光イベントのために街頭の半野外スペース(ガレージなど)にいくつかが展示され、自由に見学できるようになっている。


今年は本日限りで撤去されるが、来年以降も開催されるはずなので、ご興味のあるかたは足をお運び下さいませ。
杉檜の植林地に押されながら、健気に景観を保つ照葉樹林も是非!

2007/03/01

3カ所を一気に駆け抜ける


こんな丁寧な(?)旅行記を書くつもりはなかったんだが、なんだかんだと言いつつ結局書いているな。
年々加速してゆく記憶力の低下を自覚するので、どこかに記録しておかないと不安なんである。


そんなワケで今日は、フィレンツェで遊んだ翌日、夜明け前にたたき起こされ、寝ぼけ眼のまま連れて行かれたサンジミニャーノ、シエナ、アッシジについて記すんである。


上の写真はサンジミニャーノで撮ったもの。
ぐるりと城壁に囲まれているので、道の突き当たりに時々こんな扉が。
扉を開けると、遠くにまた別の町が見える(つまり、見えているのはたぶんサンジミニャーノではない町)。

「塔の町」として有名な町で、往時には70を越える塔が建っていたそう(今残っているのは13の塔)。
とってもこじんまりとした町で家も少ないので、その当時はもしかしたらほとんどの家に塔があったということなんだろうか。
想像すると、ちょっと鬱陶しい景観に思える。

このあたりの名物はイノシシ肉の加工品らしく、専門店もあった↓。



イノシシの生ハムなんてものを始めて食べた(試食)。
かすかに獣クサイ気がした。
でも、サラミ(写真)のほうは、臭みもないし、変な添加物の気配もなく美味しいので購入。

あ!
しかし、ハム・サラミなどの肉製品の日本国内への持ち込みは規制されてるんだよね。
もし空港で見つかったら没収されちゃうので、良い子はマネしちゃイケマセン。



さ、次はシエナ

サンジミニャーノよりは規模が大きいながら、やはり小さな町。
町の中心にある広場は「世界一美しい広場」と賞賛される。


(この写真は広場の大鐘楼の上から撮影。私自身は登頂する自信がなかったため、「塔を見ると上らずにはいられない」という友達にカメラを渡して撮ってもらったもの。)

広場全体がなだらかなスロープになっていて、一年に一度、ここで伝統的な競馬大会が行われるそう。
町が18のブロックに別れ、それぞれの地区ごとに馬を出して競うワケだが、これがかなり燃えるらしい。
それぞれの地区には昔から使われている旗があって、そのマークにはなぜか動物がモチーフになっているものが多い。
ハリネズミとかサイとかフクロウとか。
毛虫なんてのもあった。

馬好きの友人に、競馬の様子を描いたマグカップを購入。


道幅が狭く、坂道も多いので、オート三輪やバイクが活躍している↓。






さあ、次はいよいよアッシジへ向かうのだ。



(どの位置から撮ったのか忘れてしまったんだが、手前がサンフランチェスコ教会入り口前広場、遠くに見えるのがアッシジ市街地)

学生時代、西洋美術史を習っていた先生が、昔アッシジに数年間留学していたとのことで、絵画の他に、アッシジの町並みや建物の写真もよく見せてもらっていたんだが、当時の私にはイメージするのも難しいほど遠い遠い場所。
物理的距離ということ以上に、私のような人間(あるいは物見遊山の観光客)なんかが、足を踏み込んではイケナイ神聖で宗教的な場所なのだと思っていた。

私の想像の中では、アッシジの住民は皆サン・フランチェスコのように暗い色の服を着て、敬虔で清貧な生活をしている。
でもよく考えれば、それは何かで見たアーミッシュの村のイメージなんだね。

現実のアッシジは、もちろん都会の派手さや猥雑さとはかけ離れてはいるものの、ごく普通の住人がごく普通に暮らす小さな田舎町だった。

1993年に大地震に見舞われ、多くの歴史的建物がダメージを受けたが、今はほとんど修復が完了している。

広場には、空を舞う鳥の野外装飾↓。


よく見るとちゃちなんだが、一瞬神々しく見える。


件の西洋美術史のレポート試験は、「イタリアルネッサンスの時代にタイムトラベルしたつもりで、好きな画家に直接インタビューせよ」という、なかなかユニークな趣向だった。

私は、十二世紀前期のアッシジにワープし「サン・フランチェスコの生涯」の連作を完成させた直後のジョットーに、まさしくその作品の下でインタビューを敢行したんである。

持ち前の想像力を最大限に発揮して、当時のアッシジの町並みや、ジョットー本人の容姿や服装や人柄、しゃべり方、壁画制作現場の絵の具の匂い、喧噪が一段落した静寂感、教会内に射す陽の光・・・とにかく偏執的なまでの細かさで描写したのを覚えている。

当時様々な技法が確立され始めていた中で、なぜ彼はフラスコ画を選んだのか?
フラスコ画は正確な画力とスピードが要求される。そのスピードで描かずにはいられなかったフランチェスコという人の一生は、ジョットーにとってどういう意味を持つのだろうか?
また、おそらく他の技法では為し得なかったであろう彼独特の着衣表現。当時では、それは1つ間違えれば冒涜と捉えられかねないほど、「着衣の中の生々しい肉体」を感じさせるものだった。
それまでの宗教画にはあり得ない生々しさ。それをせずにはいられなかった彼の表現欲の源にあるものは何なのか?

・・・・・。

今になって考えてみると、ジョットーの絵がそんなに好きだったワケでもないんだよね。
でも、たまたま手持ちの資料が多かったことと、宗教画を描きながらも、この人の創作欲は宗教とは別のところにあるような気がしたので、そこらへんに興味を抱いて、彼を選んだのだと思う。

まあ、とにかく、この渾身のレポートを書き上げたことで、私にとってアッシジは故郷、ジョットーは親戚ってくらいの親近感を持っていて、サンフランチェスコ教会なんて、住んでたのか?ってほど馴染んでいるんである(脳内のみ)。


しかし、実際には「アッシジ行ってきました!」って以上の感慨をもてない自分に、やや拍子抜け。

なにもかも団体旅行のせいにするのもナニだが、とにかく時間が足りない。

それに、ツアーの広告では「アッシジに宿泊できる」というのを売り文句にしていたから、夜のアッシジを満喫しようと思っていたのに、実際にはかなり郊外のホテルで、一度ホテルに入ってしまうと、周りには何もなくて真っ暗で夜遊びすることなんて出来なかったス(泣。
やはり、アッシジでそんな不埒なことを考えてはイカンのか?