FC2ブログ
2008/11/25

強引にキモノ


記事内容に時差がありますが、新居(っていうか依然「現場」)でキモノ着てみました。

じつは、手持ちの普段キモノのほとんどを手ごね小屋へ送ってしまったので、自宅へ帰ってキモノ着たくても、もう着るものないのよね(泣。
少しは自宅にも残しておこうと思ったんだけど、どれを残してどれを送るか・・・選べなかったのさ。
なので、今後は手ごね小屋滞在中はできるだけキモノで過ごすことにする!(←理想)
その決意を込めて(近所の人の目を慣らすためにも)、サラッと着てみたワケなんだが、となりに脚立が・・・。
あはあは・・・床は養生シート、足元には電動ドリル。
さらに、庭にはまだ仮設トイレも立っとりますよ。
ちなみに、座っているのは、棟梁からのプレゼントのベンチ。
玄関前のポーチに置こうと思っとります。

装着したのは、ネットショップ仙○屋で購入した古代久米織りという紬。
ぽってりした厚みと、じゅ・・重量(汗。
いちばん最近着たのが大島だったので、それに比べたら10倍はありそうなズッシリ感です。
その重さに、動作も緩慢になりますが、ま、そのぶん温かいかな?



窓の外から見える銀杏の木が日に日に色づいていく様子を見て、あわててこの半襟つけました。
ozawamiさんから頂戴したもの。
この日は帯もozawami製。
スポンサーサイト



2008/11/24

さすらいのもらいもの人生




うひひひひひ。

じつは、結婚式の引き出物のギフトカタログから選んだのはコレなんであった。

ものすごく悩んだのに、結局は食の欲望にあらがえず・・・すんごく高級な、紀州南高梅の梅干し。
香りが強く、粒が大きくて果肉はふんわりやわらか。
ちびっと食べてみると、すっ・・・ぱぁぁぁぁ~~ぁあまい!
自然な味がする。
で、味もさることながら、梅の香りが良いわあ。

あすかさん、ありがとうございました!!

炊き立てご飯で、梅干し入りおにぎりを作ってみたさ。

すっげーっ久しぶりの炊き立ての白飯だ。

うめぇよ。
かぁちゃん、うめぇぇぇぇよーっっっっっっ(号泣。

ちなみに、お米は福島の人から頂いた新米。
海苔も戴きモノの有明産。

でもホントは、おにぎりって人が作ってくれたほうが旨いんだよね・・・・・。


本日は、もうひとつ旨いモンが届いた。

だはだはっ・・・リンゴちゃんっっっ!

今年はリンゴの出来が良いらしい。
ってことで、リアル友だちが送ってくれた。

宅配便の兄ちゃんが玄関ドアの向こうに立った時から、すでにリンゴの甘い香りがしていた。
キュッと引き締まった実に、蜜がたっぷり。
農園の人が手作りした紅葉の押し葉が入っていた。



さて、話はかわって。
今日は映画を観てきたんであった。

1980年に日系ブラジル人監督が製作した「ガイジン」という映画。

今年はブラジル日本人移民100周年で、この映画上映もその記念事業のひとつ。
「ガイジン」は、今から100年前の1908年にブラジルへ移住した日本人たちの様子を描いた映画で、発表当時はカンヌで優秀外国映画賞を受賞したりして話題になったそうなんだが、日本国内で公開されたことはない。
ウワサで聞いて興味を持ち、是非一度観てみたいと思い続けて、今日ようやくその機会を得た。
DVDはもちろんビデオ化もされておらず、それどころか現存するフィルムは、この映画の主演女優が個人所蔵している1本だけだそうだ。
今回は、ブラジルでかろうじて保存されていたフィルムを取り寄せて上映したそうだが、保存状態が最悪で、色も音声も劣化し、28年前の製作なのに、まるで昭和初期の映画を観ているようだった。

画面の悪さに泣いたが、でも、それ以上に、内容に泣かされた。

無骨だが真面目で正直、開拓魂に燃える強く逞しい日本人たち。
外国移住のために、木綿の野良着を西洋風の衣装に着替え、男たちの坊主頭は囚人と間違われるからとわざわざ髪を伸ばした。
けれど、彼らが夢と希望を胸に降り立った新しい大地には、豊かな土も食べ物もなければ、自由も約束も、人権さえもなかった。
あるのは、過酷な労働と搾取のみ。
日本人を雇い入れたブラジルの大農園主にとっては、「欧米人やアフリカ人よりは使いやすい奴隷」でしかなかったのだ。

何より切ないのは、こんな歴史を、今の日本でどれだけの人が知っているのだろう?ということ。

私自身、縁あってブラジルに住むことになるまで、ほとんど知らずにいた。
滞在中に知り合った日系人たちから入植時の苦労話や望郷の念を聞き、地球の裏側にこんな人たちが存在していたのだという事実に愕然としたし、何十年経っても日本的な暮らしぶりを失わず、まるでそこが日本の飛び地であるかのように、律儀に日本の伝統行事や文化を継承している彼らのことが、正直、哀れに見えた。
もちろん、そんな彼らのお陰で私は退屈も心細さも覚えずに過ごせたんだが、異国での異文化体験を期待していた私には、彼らの同胞意識が時にはかすかにうとましかったり、日本で流行っている(と信じている)歌をカラオケで熱心に練習したりする様子を見ながら、「今の日本では、あなたたちのことを知っている人はほとんどいないのですよ」と、何度も胸の中でつぶやいては、なぜか自分を責めた。

けれど、彼らの母国が、遠い異国のジャングルに彼らを置き去りにしたまま忘れてしまっていても、彼らはそこで生き抜いていた。
それは厳然たる真実で、畏敬の念を禁じ得ない。
変な例えだけど、南極に残してきた犬タロとジロが、アザラシ食べたりして自力で生き延びていた事実を知るのに似ている。
あるいは(さらに不謹慎な例えだけど)知らずにこぼした野菜の種が、いつのまにか根を張って、あらぬ場所から芽を出して驚くような・・・

日本人移住者たちは、「奴隷扱い」から自力で脱し、開拓者として大地と「未来」を必死に切り拓き、今はブラジルという国の構成員として確実に地位と存在感を築いている。
かの国の「日系社会」は、決して日本の飛び地などではなく、彼らが自らの力で作り上げた、まったく新しい世界なのだと思う。
都会のアスファルトの隙間からにょっきり出てきたダイコンを、「根性ダイコン」と言って自慢する資格があるのは、土地の持ち主でもタネを落とした人でもなく、そのダイコン自身だけなのだ。


上映会では、2005年に製作された続編「ガイジン~2」も同時上映されたんだが、こちらはさらに内容を深め、その後の日系人たちの現状が丁寧に描かれている。
「日本の飛び地」感覚が招く(と思われる)戦後の精神的混乱や、世代を重ねて徐々に異文化と融合してゆく日系人の様子、日本への出稼ぎ、そこで体験する違和感・・・。

それでもずっと、日系人の日本への望郷心は、精神の支柱として保たれ続けるんだが、映画の主人公の「バアチャン」がようやく悲願の帰郷を果たした時、「ここはバアチャンの家じゃない、やっぱりバアチャンの家はブラジルだ」と言うんである。
バアチャンの魂が最後に帰る場所は、あんなに恋い焦がれた日本の故郷ではなくて、自分たちが開拓したブラジルの大地と、そこに建てた小さな古い木造の家なのだ。

この感覚は、故郷を捨てたことのある人にしか理解できないものかもしれない。

故郷の景色や友だちを思い出して泣きながら、それでも今いるココが自分の帰る場所。
「ただいま」と言って「おかえり」と答えてくれる人がいなくても、やっぱりココに帰ってくるしかないんである。
周りの人からどんなに哀れがられても、自分にとっての安住の地。

・・・まぁ、つまり、このあたりのシーンは、望むと望まざるにかかわらず流浪の人生を歩み、この度、縁もゆかりもない土地に突然ぽつんと家を持ってしまった私自身の状況と重ね合わせて、大いに感涙にむせんだワケなんであった。



そんなワケで・・・・新居の玄関先で、焚き火で焼いたシイタケをむさぼり食う流浪の民。←ワシ
2008/11/19

またオジサン

この記事はブロとものみ閲覧できます
2008/11/18

最後の謎


人とか、物とか、心とか、命とか、魂とか、存在とか、宇宙とか、そしてそれらの意味とか…
とにかくあらゆるものには謎があって、どんなに一生懸命調べたり考えたり研究したりしても、100%の真実を知ることはできない。
たとえ99.999999%くらいまで解明できたとしても残りの0.000001%は想像力と「信じる」力で補うしかないわけだ。
でも、じゃあ「信じる」力ってなんだろう。
その力の源や意味についても、やっぱりわからない。どんなに考えても、やっぱり99.99999…%まで。そのさきは思考停止。
我々が残りの0.00000…1%を知ることができる日は、いつかやってくるんだろうか。

…などという事を、酔っ払いながら一晩中飽きもせず話した友人が、今朝亡くなった。

きっと今、彼女は最後の0.00000…1%の謎を解明したところなのだ。

残された私は、この先まだしばらく0.00000…1%に悶えながら生きてゆく。彼女のいない場所で。

昨日病院に見舞いに行った帰り、いつのまにか車のワイパーに木の葉が一枚はさまっていた。
どんなにワイパー作動しても、しぶとくしがみついて取れなかったので、あきらめてそのまま家まで連れて帰ったんだが、途中で、ふと、彼女かな?と思った。
0.00000…1%の部分。

2008/11/17

雲上



重そうな霧に封じ込められた朝。
この土地はこんなふうに冬を迎えるらしい。

2008/11/16

霧の日



昨夜からの雨が止んで霧になった。
銀杏がまっ黄色。

2008/11/15

焚き火ライフ


火だ。

温かい食い物が食べられるじょ。

2008/11/12

おじさん?

この記事はブロとものみ閲覧できます
2008/11/11

待ち人きたる



まだ電気はない。
でも水は使えるようになったので、借りてる灯油ストーブで湯を沸かしてコーヒーを飲める。
これだけでかなり幸せ。

ああ、そして昨日ようやく待ちわびたトイレが出現。
抱きしめてナデナデしたいくらい嬉しい。

今朝は家の向かいにある畑の持ち主に挨拶した。
いつもタイミングが悪くて会えないので、ずっと窓から見張っていたのさ。
薪ストーブ用に畑の栗の木を分けてもらうことになっている。

2008/11/09

銀座


知人の展示会を見るために銀座のど真ん中さ来ただ。