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2016/12/28

年末銀座



「白洲正子ときもの」展を見に行きました。
年が明けてしまうと予定が詰まっていて時間が作れなさそうだったので。
年末で銀座は混んでるかなと思いましたけど、行ってみるとそれほどでもありませんでした。
晦日にでもなればもっと激混みになるんでしょうか。



格子の紬に、商売繁盛(?)の帯。

この帯は、シルクスクリーン(捺染)でオリジナルのプリント布を製作している作家さんのもの。
たしか奈良にお住まいの人ではなかったかな?
素材はざっくりした質感の木綿です。
「大黒屋」とか「末廣」とかの縁起の良い屋号と、そろばんが描かれていて、なんとなく威勢がいいので、正月の買い物でにぎわう時期に似合いそうな気がしました。

キモノは去年の年末のバーゲン品。
産地不明ですが、軽くて薄い紬です。
ところどころヒゲのように、糸の黒い節が飛び出していて、そういう織りなのか、それとも織りキズなのか、わかりません。

帯締めは、素材不明の丸い玉の組み出し。
骨董屋で300円^^。




















晴れてますけど、外に出るとヒャーッと言っちゃうくらいヒンヤリしてます。

ウールのコートのほうがよかったかもしれませんが、ほとんど建物の中にいる予定だったので、羽織にしました。


白洲正子展は、比較的すいていてゆっくり見られました。
ほとんど写真集などで見ていた着物でしたが、織りの質感などは実物を見ないとわかりませんね。
とても面白かったです。

一緒に行ったA子さんは、白洲正子と深い交流のあった田島○夫の着物で。
会場には、菊○洋守の八丈織の着物をお召しの人もいました。
いずれもさりげなーく着ていますが、その作者の織物が展示されている場所では、静かに興奮している様子が伝わってきました。



帰宅後キモノを脱ぎ捨てて、ネコとくつろいでいる時に、いきなり大きな地震。
いやだよ~。
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2016/12/26

埋蔵キモノ再生計画 留袖がとうとう・・・




加賀友禅の留袖を解体して名古屋帯を作りました。
そう、とうとう完成なのです。

思い起こせば、これに着手し始めたのは2012年(こちらの記事1と記事2
過去記事を見返したら1月のことでしたから、およそ5年の歳月が経っています。
もちろん5年もかけて作っていたわけではなく、約4年と10か月間はほぼ放置されていました。
まあ、ただ放置しっぱなしだったというワケでもなくて、さまざまな紆余曲折はあったんですけどね。

留袖ですから柄は裾にしかありません。
その限られた柄をどこにどう使うか、何度も何度も考え、時には知恵熱だしそうになりながら、時にはイヤになって放り投げ、一度は二部式の作り帯にしようと決意して縫い始めたんですけど、やっぱり普通の名古屋帯のほうが締めやすいしと思い直し、そうなるとまた柄の出し方に迷い・・・・
別布と組み合わせてツートンカラーにしようと思い、相方となる布を探すのに苦労したりもしました。

と、あれこれやっているうちに、例のごとく一時的に忘却。
時々思い出して広げてみるものの、見るたびに混乱し、迷い、またぐちゃぐちゃのまま仕舞い込む、の繰り返しでした。



あとどれくらい着物を着る人生が続くのか、どれくらい?・・・もうそれほどはるかに長い時間ではないはず。
そろそろ先は見え始めています。
それならば、とにかく早く思い残しを減らさねば。
そう決意して、先月末頃からまた手をつけ始めました。

脳ミソが喉から飛び出すくらい考えて、考えて、考えて、そして出した結論は、この帯1本に布のすべてを投入すること、残布があってもきっと他のものを作ったりすることはないでしょうから。
なので、やっぱりいちばん柄がきれいな上前をお太鼓にしようと。

でも、そうなると柄の幅が帯の幅に足りません。
なので、身ごろと衽をつぎはぎしました。
帯としての「顔」といえるお太鼓に、縦につぎはぎが入ってしまうという前代未聞(?)の事態ですが、もういいんです。

一度も着てやることができなかった留袖へのレクイエム・・・なんつって。
・・・いや、でもホント、そういう気持ち。
留袖の「顔」である上前を、お太鼓の「顔」として再生したのです。

誰かに、「このお太鼓の継ぎ目はなんなの?」と聞かれたら、堂々と「留袖を作り直したんです」と答えればいいだけのこと。

柄がつながらないのが無念でしたが、お太鼓左端の接ぎ布は下前のおくみを使っています。




なぜなら、いちばん柄が豪華な上前のおくみは、前帯にしたんでした。

着付けが下手なので、前帯の柄が長くないとちゃんと柄出しできないよなあと思ったのです。
これだけ柄があれば、締めたときに黒い部分はほとんど隠れて、留袖感が消滅しちゃうのは心なしかつまらない気もしますけどね。

実際に着用している時には、自分から見えるのは前帯だけで、お太鼓は見えないワケで。
なので、前帯がキレイなほうが自分的には楽しい。





装着すると、お太鼓はこうなる(はず)。

じつはお太鼓よりも、こだわったのはタレ先の部分。

どうしてもタレ先に「飛び石」を入れたかったのです。

それほど好きでもない花メインで構成された絵の中で、唯一この飛び石だけは好きなのです。




















締めたときに裏側になる前帯にも、すこし柄を使いました。
たしか後ろ身ごろの右側。












前帯のひと巻き目の隠れる部分。

うちの実家の紋が、かろうじてここに残りました。









本当にこれで良かったのかはわかりません。
もっと良い作り方、もっと良い柄の出し方があったかもしれないと思いますが、もう何も考えないことにしました。
とにかく、たぶん一生着る機会はない留袖をタンス(さえ今はない)にカビと共に眠らせておくより、こうしてただの染め帯として日常使いできるものにできたことに満足しています。

自分の持ち物のなかでたぶんもっとも高価、なのに好きでもなければ活用もできない。
しかも、じつはコレには思い出すと吐きそうになるくらいのイヤな記憶が詰まっています。
今でも見ると気分が重くなりますが、この着物自体には何の罪もないし、こうして別のモノに生まれ変わったワケですから、この先は普段着用の帯としてせいぜい雑に使い倒そうと思います。

は~。
ここまで長い歳月でございました。

2016/12/23

メリーうなぎマス



なかなかキモノを着るヒマがなかったんですけど、今日はクリスマスの恒例になりつつある「うなぎを食べる会」。
べつにクリスマスにこだわっているワケではなくて、「うなぎ食べようよ~」ということになってみんなの都合をあわせると、なんとなくこの時期になるんです。

今日は参加者が多かったので、そのまま忘年会ということになりました。




出がけは時間がなかったので、帰宅後に撮影しました。
薄暗いのでブレている・・・・

着物は去年の年末、京都きも○センターのバーゲンで買った濃い紫の紬。
やはり濃い色の着物は気持ちが落ち着く。

帯は博多織のにしむら。
袋帯ですが、久しぶりなので締め方を忘れて、普通に一重のお太鼓にしています。

重めのちりめんの羽織。






















帯締めはお隣さんが組んだもの。

帯留は、なつかしの自作「なんちゃって椿」。
色がクリスマスっぽいのでコレにしました。
そういえば羽織ヒモもクリスマスカラーだったんですけど、写すのを忘れました。












せっかくなので、うなぎの写真も。

去年食べた時には、せっかくの秘伝のタレがすっかり煮詰まっちゃった感じでしたが、今年はまた持ち直したようです。
うなぎもふっくらして美味しかった。
調理法を変えたんだろうか?

この前に出てきた大きな出し巻玉子も美味しかった。















ずらりと並んだ履物。
みごとに全員が下駄!
草履の人はひとりもいなかったです。
これがわが町の着物好きたちのスタイルなんだなぁ。

楽しかったです。