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2018/12/20

忘却と腹痛



今日も着物。
よしよし。

さて、今日の着物は今年の1月に洗い張りして仕立て直してもらったもの。
その際、赤い八掛だったのを、焦げ茶色に変更しました。



最初に購入したのはもう10年くらい前でしょうか。
何かの催事で見つけた仕立て上がりの古着でしたが、たまたまサイズが合ったという理由だけで、とくに感動もなく買ったんでした。
今にしてみれば、こんなコレといった特徴のない現代モノにしては高値でしたが、その頃はまだリサイクルショップやネットオークションで着物を買うというワザを知らなかったんですね。
買ったその日にブログを書いた記憶があるので、あとで過去記事を探してみようっと。

しかし、買ってはみたものの、ちょっと仕立てが悪いらしく、何度着てもしっくりこないし、生地もゴワゴワと固くて、着心地良くないんですよね。
「せっかくあるんだから着なくちゃ」と思いながらも、なんとなく遠ざけてしまってました。

いっそのこともう手放そうかとも思って、最後の記念にと久しぶりに袖を通すと「わりと似合うよ、持ってれば?」と言われたりして決意が鈍る、ということを何度か繰り返してました。
こんなふうにグズグズしてしまうのは、この着物とちゃんと向き合って勝負していないからか?などと考えて(いや単に高かったからだと思う)、とうとう意を決して仕立て直してみることにしたのです。
それが今年の1月。

で、本日のタイトルです。

今日何を着ようかな~?とキモノ棚をかきまわしていて、仕付け糸がついたままの着物を発見。
なんだっけコレ?と開けてみると、この着物が出てきたんです。
つまり、仕立てあがって届いていたのをすっかり忘れていたんでした。

なんとなく購入し、なんとなく心離れ、意を決して手をかけたのに、またしてもあっさり忘れられるという、なんて憐れな着物。

胸が痛んだので今日はコレを着ることにしましたが、洗い張りしたのに布の固さには変化なく、仕立てはいつものまゆさんなのに、着心地が劇的に良くなったワケでもない・・・・と、こうなったらもう憐れというより、この頑固さに腹立たしさを覚えます。

でもまあ、せっかく仕立て直したし、八掛も好きな色になったので、もうしばらくは手元に置いておくことになるでしょう。
・・・・・忘れないようにしなくちゃ((^_^;)。


帯は、骨董屋で買った染め紬の着物をリメイクしたもの。
帯も間断なく増え続けています。



羽織はいつもの。
久しぶりにやわらかモノの羽織を着る予定でいたのに、出かける寸前でやっぱりこの紬羽織にしてしまいました。

帯揚げは紫。
帯締めは、サンゴ玉の組み出し。
鎌倉彫の下駄。
ななこ織の鼻緒。


今日はタイミングが合わなくて見逃しそうだった竹細工の展示を見に行ってきました。
久しぶりの都会だったので、いつもは行かない百貨店の食堂街でランチ。

が、慣れない場所での慣れない食事のせいなのか、食べたあとで急にお腹が痛くなり、何をどうしても収まらないので、腰ひもと伊達締めを取りました。

お腹が痛くなったのはこの憐れな着物の呪いか何かなのか?とチラッと思ったりしましたが、ゴツゴツ固い着物だったおかげで腰ひもを取ってもずり落ちてくることもなく、これは大変助かりました。


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2018/12/13

ぼんやり




よし。
今日も着物だ。
なかなか良いペースです。

朝起きた時には億劫で、今日はキモノやめようかなとか思ってましたが、出かける時間が近づいてくると徐々にヤル気が出てきて、ちゃんと着ることができました。



好きな着物。
産地不明ですが質感も着心地も良くて、柄も好き。
特徴もなく、なんてことのない無難な縞紬ですが、ようやくたどり着いたという気持ちになる、たぶん私にとってかなり「究極」と言える着物。
縞が好きなので、自分に合うものを長年探し続けてきましたが、意外にも濃い地じゃなくて、こういった重すぎない色のがヨカッタんだな。
黒すぎず、白すぎず、多色すぎず、太すぎず、上品すぎず、粋すぎず。

私の着物の中では「白っぽいもの」に分類されるので、ガサツな行動で汚さないかと気になりますが、あまり神経質にならずに、たくさん着ようと思います。
帯合わせも考えすぎず、目についたものをパパッと選びます。

帯は更紗風小紋から自作したもの。
玉ねぎ染めの帯揚げ。
若苗色の三分紐。
紫檀の帯留




















紫(菫色?)の紬羽織。
ozさん作のビーズ羽織紐。
鮫小紋の足袋。
黄色の下駄。

全体的に同じトーンでまとまりました。
とんがってない、落ち着いた組み合わせ。
ぼんやりしてるかもしれないけど、まあ今の気分には悪くないんでした。

またしても、隣町の例の呉服屋詣で。
おじさんに会うことが「仕事」な感じになってきました。
いや、楽しいんですけどね。
このごろはもうなんだかすっかりお友達です。
着物で行くと、ちょっとテレたような表情でひと言ふた言コメントしてくれますが、今日は一緒に行った友達の着物についてけっこう長い感想を言っていました。


2018/12/08

アトラス



よし。

また着物を着られたゾ。
順調にキモノリハビリ中です。



産地も詳細も不明の焦げ茶と藍染めの格子柄紬に、ウズベキスタンで買ったアトラス織の布で自作した帯。
ウズベキスタンではたくさん布を買いましたが、自分用のモノとして仕立てたのは今のところこれだけ。
絹と木綿の交織ですが、しっかりした布で、滑りも良く、とても締めやすい帯になりました。

キモノはまだ糊が残っていて、ちょっと固い。
仕立てのサイズを見直し、身幅を左右1cmづつ狭くしたので、今までのものより断然着やすくなりましたが、布がまだ馴染まない感じです。

まだこなれてませんが、でもこの着物はかなり気に入っています。

じつはこのごろ、今まで持っていた自己イメージみたいなものが崩壊しつつあって、自分に何が似合うのか、何が好きなのか、わからなくなっています。
今まで自分らしいとか好きだなとか思って着ていたモノのうちのいくつかは、じつは本当に私自身が好きなワケじゃなくて、脳内で勝手に作り上げた自分じゃない誰かのイメージに過ぎないんじゃないのかなあと思うことがあるのです。
だから時々失敗するのです。

今の自分とは違っていても、なにか理想の姿があるのなら、それを目指して強引に突き進んでゆくうちにいずれその理想に近づけるという説もありますが、私の場合、今まで思い描いてきた「理想」が本当に自分自身の理想なのか?と疑い始めています。
たぶん、それは自分の理想・私がなりたい姿なのではなく、子供の頃に作り上げた空想世界に住んでいる登場人物の一人であるようにも思えるのです。
あるいは、本や映画やテレビや街角でたまたま見て素敵だなと思った人物かもしれません。
で、その人物のコスプレをしているだけだな、と。
必ずしもその人物みたいにいつかなりたい、と望んでいるワケではなく。

他人になりきるコスプレも楽しくはあるんですけど、自分自身じゃないことにモヤモヤすることもあります。
しかし真実の自分がいちばん好きな格好、いちばん自分らしい恰好なんてものを突き詰めていけば、それはパジャマ(あるいはハダカ)、人前に出ないで一生パジャマか裸族で暮らしたい、・・・とかいう結論に行きついてしまうワケで、顔洗って化粧して着物を着ること自体が、もう非日常の自分じゃない自分の演出なワケで、たぶんこの件についてはもうこれ以上突き詰めないほうが良さそうなワケで。

なので、この着物が気に入っている、その理由は、たぶん自分じゃない誰かではなく、本当の自分自身の本能が求めていたものだから?ってあたりで納得しておくのです。
わりと似たような着物も何枚か持ってますけど、微妙に違うんですよ。
まだかすかに残っている藍の匂いに、どこか深いところから郷愁みたいなものがこみ上げてきて、そのせいで脳内におかしな混乱が起きるのかもしれません。

そんなこんなで、モタモタと着つけていると裾が長くなりすぎました。
でも面倒なので直さずに、踵の高めの下駄をはいて出かけました。



木工の帯留。
兵庫県の木工作家のもので、先月のやさとクラフトフェアで買いました。
帯留金具もよく研究されていて、とても使いやすいです。












紫色の紬着物からリメイクした羽織。
羽織紐はBさんから戴いたもの。

キモノ生活へ復活してみると、ついでに物欲も復活してきて、ヤフオクも覗いてしまうし、しばらく忘れていた羽織熱も再熱し、眠らせていた反物で、久しぶりにまゆさんに羽織のお仕立てを注文しました。
そして、今日は出先でキケンな出会いも・・・。

でも、自己イメージが揺らいでいる時の買い物は危ないので、少し頭を冷やして出直すことにしました。